学院1年目 前期レポート公開 ~木曜日~


みなさん、連日こんにちは!法善寺副住職の中山龍之介です。

3日連続の更新で、ブログっぽくなってきたでしょうか。笑

さて、連日続いておりましたレポート公開シリーズも今回で最終回です!自分で始めておいて何なんですが、恥をさらけ出すのをやっと終われます笑

最終回の今回は木曜日『三経七祖』のレポートで課題は『真実の願』についてです。浄土真宗のご本尊と言えば『南無阿弥陀仏』から分かるように阿弥陀仏ですが、その阿弥陀仏がまだ仏になる前、法蔵菩薩だった時に立てた48個の誓願があります。

※48願の現代語訳はこちらからご覧いただけます。

この願全てを成就したので法蔵菩薩は見事阿弥陀仏となった訳ですが、その48個の誓願の中でも真実と方便があると言われています。その真実と方便をそれぞれ紐解いていき、そして法蔵菩薩の本当の願いとは何なのか、それをまとめました。

是非ご覧ください!

真実の願について

阿弥陀仏は、仏となる前の法蔵菩薩であったとき48の誓願をかけた。しかしこの48願には真実もあれば方便もある。法蔵菩薩の本当の願いである真実の願とは何なのか、それを紐解いていく。

まず阿弥陀仏の48願は、慧遠や憬興によれば摂法身願(求仏身願)、摂浄土願(求仏土願)、摂衆生願(利衆生願)の3つに分類される。摂法身願とは仏身についての願で、第12願、第13願、第17願を指す。摂浄土願は浄土についての願で、第31願、第32願を指す。そしてこれら以外の43願を衆生救済についての願である摂衆生願としている。

これとは別に善導は、48願はすべて摂法身願とも摂浄土願とも摂衆生願とも成り得ると示した。その上で48願を3つに分けた。初めの16願を抜苦与楽願、次の16願を摂諸衆生願、そして最後の16願を種々利益願と呼んだ。

教科書である『三経要義』によると、宗祖である親鸞聖人が示した真実の願は第11願、第12願、第13願、第17願、第18願、第22願である。反対に方便の願(権仮願)は第19願、第20願、第28願となっている。

第12願は光明無量の願と呼ばれ、仏身の光明が無量ならんことを誓っている。また第13願は寿命無量の願と呼ばれ、仏身の寿命が無量ならんことを誓っている。無量というのは、量ることが出来ない、つまり有限ではなく無限という意味である。なぜこの2つの願が真実かというと、これによって仏の自利(自分に有益なこと)と利他(他人に有益なこと)が、どちらも円満となることを表しているからである。

更に阿弥陀仏は第17願に誓われた通り、これらの仏徳を全てその一名に施し、これをもって衆生を救う。そして第18願は至心信楽の願と呼ばれているが、浄土往生を望んだもの全てを救うと、阿弥陀仏はおっしゃっている。私はこの2つの願が、阿弥陀仏の本当の意味での願いを表していると感じた。何故なら、様々な複雑な行や条件を出さずに、名号を称えて浄土往生を願うものを救う、とおっしゃっているからである。例えば他宗では、悟りを得るために回峰行や座禅などの様々な修業をする必要があるが、我々は阿弥陀仏のお誓いに救われるため、このような修業はしない。自力ではなく他力でのみ救われる、というのが浄土教の特殊性だと思った。

では、阿弥陀仏の名号を称え浄土往生を願えばすぐに叶うのかと言うと、そうではない。それを説明しているのが第11願で、この願によって正定聚と滅度が誓われている。正定聚とはさとりが定まった状態、つまり此土での誓いであり、滅度とはさとりに到った状態、つまり彼土での誓いとなる。この11願によって、阿弥陀仏は救済の結果を示しているのである。

そして真実の願最後の1つが、第22願である。還相回向の願と呼ばれるが、これは自利円満のものは、自利にとどまることなく利他にも働く、ということを誓われたものである。つまり浄土往生したものは、安らかにお眠りすることはなく、此土の我々に仏としての働きをするのである。

ここまでが真実の願であるが、反対に方便の願とはどのようなものなのか考察する。方便とは嘘という意味ではなく、衆生を浄土に向かわせる仏の巧みな手立てを指した言葉である。なぜ方便の願が存在するかというと、法蔵菩薩の本願は第18願であるが、これに対する衆生は一様ではないからである。あらゆる衆生に対し救済の法を設けられたのが、第19願と第20願である。

第19願は諸行往生を誓っている。これは称名念仏以外の行によって、浄土往生できる、という誓いである。第20願は自力念仏往生を誓っている。これらが何故方便なのかというと、弘願真実への導入だからである。つまり、諸行を修め(第19願)、自力の念仏をするが(第20願)、最後には阿弥陀仏の他力信心を頂き(第18願)、浄土往生が定まるのである。

真実の願と方便の願を読み解いていくと、法蔵菩薩の本当の願いが見えてくる。尊號眞像銘文本に沿って第18願を現代語に訳すと、『私が仏になるとき、あらゆる衆生が阿弥陀仏の誓いの真実を深く信じて疑わなく、浄土に往生することを願い、阿弥陀仏の名号を称えたにも関わらず浄土往生できなければ、私は決してさとりを開かない。ただし、五逆の罪人と仏の教えを誹謗するものは除く』となる。最後にある唯除五逆・誹謗正法とは、これらの者を救わない、という意味ではなく、私たちにこれらをさせないための阿弥陀仏の慈悲から来たお言葉だと感じた。故に親鸞聖人も、この2つの罪の重さを理解しそれを示せば、その者たちも漏らさず救われるとおっしゃっている。第18願が本願と呼ばれている通り、やはりこの願に浄土真宗の教えの根幹が詰まっている。

勉強していくと、つくづく浄土真宗の教えというのはワープのようなものだなと思う。肉体的に辛い修業があるわけではなく、阿弥陀仏の名号を称えれば浄土往生できるからである。ただしこのワープのような道は、信じることが出来ないと現れてくれない。阿弥陀仏の他力の信心を頂くこと、これはある意味、他宗の修業よりも難しいことかもしれないと感じた。

以上です!

前期のレポートいかがでしたでしょうか?もしご意見やご質問などありましたら、LINEなどでお気軽にご連絡ください!

話は変わりますが、ついにバスツアーが今週の土曜日10/20に迫ってきましたー!新たな試みもありますので、参加される方はお楽しみに!

南無阿弥陀仏

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