本願寺学院1年目 後期レポート公開①


みなさん、こんにちは!

法善寺副住職の中山龍之介です。

先週の金曜日3月1日に、私が通っている本願寺学院の1年目が終了しました!これで折り返し、あと1年です!毎日通うのが辛くはないですが、やっぱり春休みに入るのは嬉しいですね(笑)

ということで、恒例(?)のレポート公開をしていきます!おさらいですが、授業スケジュールはこんな感じです。

 月曜日:浄土真宗史(親鸞聖人や蓮如上人の生涯や教えについて)

 火曜日:浄土真宗学(浄土真宗の教えが詰まった教行信証について)

 水曜日:仏教史(お釈迦様の生涯やそこからの仏教の広まりについて)

 木曜日:三経七祖(浄土真宗における3つのお経と7人の高僧について)

 金曜日:声明作法(お経の読み方について)

このうち金曜日は実技テストでしたが、他の曜日はレポート提出でした。そして、そのレポート達を、このブログで恥を忍びつつ公開させていただきます。みなさんに少しでも『こんな勉強してるのか』とか『仏教ってこういう考え方なんだ』と思っていただけたら嬉しいです。(私自身勉強中のみですので、厳しい意見もお待ちしております!)

今回は、まず月曜と火曜のレポートを公開します。近日中に水曜と木曜のレポートもアップしますので、要チェックしてください~

月曜日:浄土真宗史

親鸞聖人関東での生活の意義

 親鸞聖人は、京都からの流罪が解けたのちも、すぐに京都には帰らず、越後から関東に下り、約二十年という歳月を過ごされたと言われている。この二十年間の関東での生活の大きな意義は、やはり民衆の教化であると思う。比叡山での修業時代から一般民衆が救われる仏教を探し求め、法然上人によってその一つの答えに辿り着いた親鸞聖人が、まさにその教えを実践し、そして更に自身の考えを昇華させていったのが、関東での滞在期間である。それは関東に残された聖人伝説からも読み解くことが出来る。

 数ある伝説の中、最も有名な話の一つとして山伏済度の物語がある。これは、弁円(べんねん)という一人の山伏が何かにつけ仏法に恨みを抱き、聖人を襲おうと板敷山(茨城県)で何度も待ち受けていたが会うことが出来ず、遂には稲田の草庵(笠間市)まで出向いたところ、聖人の素晴らしい人柄と教えに感銘を受け弟子となった、という伝説である。初めは敵対視していて、襲おうとまで考えていた血気盛んな山伏を手懐けた親鸞聖人ももちろんだが、その聖人が説く仏法がいかに素晴らしいかを物語っている伝説である。仏法を悪く言い、悪人の部類に入るこのような山伏だが、そんな悪人でさえも救われる教えに弁円は出会った。悪人は救われることを諦めるしかない、と言われていた時代であったが、救われることが出来る。これこそが悪人正機の浄土真宗を実に表している。

 この弁円は、親鸞聖人の弟子となってからは明法房(みょうほうぼう)と名乗った。その明法房は、聖人が八十歳の時に亡くなったと言われ、聖人の手紙の中で、安らかな往生であったと触れられている。その往生の様子を『このような往生を願っておられる人々みんなの、喜びとするところでございます』と親鸞聖人はおっしゃっているが、正に自身が説いた教えによって、阿弥陀仏の教えに出会えた民衆を救えたことを実感でき、とても感激したであろうことが窺える。

 この伝説からも、親鸞聖人がいかに一般民衆の救われる仏教を求めていたかを窺い知ることが出来る。越後に流罪となってからは、結局法然上人に再会することが出来なかったが、そんな中でも自身の軸を失うことはなく、更に自身の考えを確立していった。関東の生活で一番大きな出来事と言えば、教行信証の著述かもしれないが、一番大きな意義は民衆の教化であろう。それは関東での滞在期間だけでなく、親鸞聖人の生涯において言えるかもしれない。

 親鸞聖人の教えは当時の時代背景の中で、実生活にきちんと落とし込められているからこそ、多くの人々の心に届いた。なぜならもうその当時は、誰もが仏教の戒律を守り、厳しい仏教の修業を乗り越えられる時代じゃなくなっていたからだ。例えば、生活のために動物を屠殺する仕事をしている人などは当時は穢れているとされ、仏様には救われないとされていた。しかし親鸞聖人は、そのような人たちも救われる教えを見つけて教化していった。

 現代に生きる我々僧侶も、ただこの教えを頂くだけでなく、現代の方々が理解できるように届け、教化をしないといけない。親鸞聖人の姿勢や熱意からも、時代に合わせた教化というのが、浄土真宗らしさの一つだと感じた。

火曜日:浄土真宗学

往相・還相の回向(えこう)について

 一般的に回向(えこう)とは、自らの行いによって生じた功徳を、自分と他人のさとりのために振り向けることを指す。他宗でも回向という言葉はあり、例えば浄土宗では、お経やお念仏の功徳を、ご先祖さまや亡くなられた方のために回し向け、ご供養することを指している。つまり、生きている人が亡くなった人に向けて行うものとしている。

 しかし、浄土真宗では少し違い、回向は阿弥陀仏によるものであり、『他力回向』という解釈によって説かれる。そしてその他力回向には二種類あり、一つを往相回向(おうそうえこう)、もう一つを還相回向(げんそうえこう)と呼んでいる。

 往相回向とは、阿弥陀仏が我々衆生を西方極楽浄土に往生させるためにする回向である。期のレポートのテーマとなっていた二河白道の話は、阿弥陀仏が我々衆生を極楽浄土へ招喚しているので、往相回向を表していると言える。

 一方還相回向とは、我々衆生が亡くなり極楽往生したのちに、迷いの世界(娑婆世界)に還り、人々を教化し極楽浄土に向かわせるための回向である。一見すると、衆生が回向をするということは阿弥陀仏の計らいではないのではないかと思ってしまうが、それはあくまで阿弥陀仏という他力によって回向させていただいているのであって、還相回向のはたらきを恵まれることは、阿弥陀仏が衆生を救おうとされる本意を表しているのである。つまり、還相回向であっても、阿弥陀仏の功徳をいただいている、という意味ではやはり他力なのだ。

 この阿弥陀仏の功徳というのは、阿弥陀仏が仏になる前、法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)であったときに立てた誓願のことである。四十八個の誓願によって、我々凡夫であっても極楽浄土に往生することが出来るからである。

 還相回向を細かく捉えていくと、障菩提門(しょうぼだいもん)を遠ざけ、順菩提門(じゅんぼだいもん)を具えさせる、と言える。

 障菩提門というのは、さとりの道を妨げる三種の心を指す。この障菩提門を遠ざけるというのは、一つに智慧によって自らの楽しみを求めず、自分自身に執着する心を離すこと。二つに、慈悲によって全ての衆生の苦しみを除き、衆生を安らかにすることのない心を離すこと。そして三つには、方便によって全ての衆生を哀れむ心を起こし、自分自身を敬愛し供養する心を離すことである。この『方便』とは、かたよりなく平等であるのを『方』、自らのことを顧みないのを『便』という。かたよりなく平等であるから、全ての衆生を哀れむ心を起こし、自らのことを顧みないから、自分自身を供養し敬愛する心を離れるのだ。

 次に順菩提門とは、さとりの道にかなった三種の心を指し、この順菩提門を衆生に具えさせるというのは、一つに煩悩の汚れのない清らかな心で自分自身のために楽しみを求めないこと。二つに衆生を安らかにする清らかな心で、衆生の苦しみを除くこと。そして三つに、衆生に楽しみを与える清らかな心で、衆生をおさめとり、浄土に生まれさせることである。このように還相回向は、障菩提門を遠ざけ、順菩提門を具えさせることで、衆生を極楽浄土へ導くのである。

 また我々衆生も、浄土往生すると仏性を見ることができると説かれている。仏性とは、大慈大悲(だいじだいひ)・大喜大捨(だいきだいしゃ)のことである。大慈とは衆生に楽を与えること、大悲とは衆生の悲しみを抜くこと、大喜とは他者の楽を見て喜ぶこと、そして大捨とは他者に対して平等に利することを言う。

 元々、この仏性というのは衆生の中にも具わっているものであるが、現世の我々では煩悩により覆われて、正しく見ることが出来なくなっている。極楽往生し、煩悩が晴れた身になってこそ、この仏性を見ることが出来、還相回向として表すことができるのである。

 では迷いの世界に残っている我々に、還相回向はどのように働きかけているのだろうか。亡くなった方々と今更お話しすることは出来ないので、直接的に『阿弥陀様の教えを頂いてお念仏しなさい』と言われることはない。しかし、だからと言って、我々には還相回向を感じられないかと言ったら、やはり違うと思う。そしてそれは、往生した方々から頂く『ご縁』のことではないかと、私は思う。

 私自身、寺族に生まれ、三十年以上もお寺や仏教に関わりながら今日まで過ごしてきた。四年ほど前には祖父を亡くしたが、祖父が遺した多くのご縁を頂くことによって、阿弥陀様のみ教えを頂くことが出来ている。また、悩み事があるときなどにも、『おじいちゃんならどうしただろうか』と考えることで、教えを頂くことも多々ある。亡くなる前まではこのように考えなかったが、不思議なもので亡くなってからの方が、祖父の存在が大きくなっているようにさえ感じる。このような働きが、現世の我々が感じることが出来る還相回向なのではないだろうか。

以上です!いかがでしたでしょうか?専門用語も多く登場していますが、出来るだけ読みやすい文章を意識したつもりです。それでも、まだまだ練習が必要ですね。

では次回、水・木のレポートもお楽しみに!

南無阿弥陀仏

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