学院1年目 前期レポート公開 ~水曜日~


みなさん、こんにちは!

法善寺副住職の中山龍之介です。

さて、今回も引き続き、本願寺学院前期レポートを公開していきます!今回は水曜日『仏教史』のレポートです。テーマは『古代インドの思想と文化』、仏教以前のインドではどのような思想と文化があり、それらがどのように仏教につながっていったか、という視点でレポートを作成しました。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが(というか何回この話を推しているのか笑)、私は今年の3月にインドに行ってきました。仏跡巡りをしたのですが、その時の経験を生かして書くことが出来たかなと思っています!

それでは(お気軽に)ご覧ください!

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古代インドの社会と思想

約4000年前のインダス文明から始まり、古代インドにはどのような社会が構築され、どのような思想が起こり、どのように仏教誕生につながったのかを紐解いていく。

まず、インダス文明を築いたのはドラヴィダ人と言われるが、南下してきたアーリヤ人により征服され、そのアーリヤ人は紀元前1200年代にインダス川上流パンシャーブに定住を始めた。そこで大家族・氏族・部族からなる家父長制度を構成した。部族の長は王と呼ばれ、最初は選出される形であったが、後に世襲となった。これが後のカースト制度へとつながっていく礎となったと考えられる。

アーリヤ人はこのパンシャーブで、ヴェーダを作成する。最古のヴェーダは『リグ・ヴェーダ』と呼ばれ、紀元前1500~1000年頃に作成された。リグ・ヴェーダは神々に対する讃歌の集成であり、多神教である。厳しい自然環境にあったパンシャーブでは、雨、雷、太陽などの自然現象はすべて人智を超えたものに映り、それらを神格化していた。この点では、日本の神道に通じるところがあるかもしれない。しかし一方で、リグ・ヴェーダの中には、この多神教に対して懐疑的な讃歌も存在していた。この懐疑的思想が、多神教とは逆に世界の根源的な一つのものを探求し、ウパニシャッドの一元論的思想梵我一如の思想へとつながっていく。

サンヒターと呼ばれるヴェーダの本体部分を注釈したものがブラーフマナで、これはアーリヤ人が司祭者を中心とした氏族制農村を確立し、祭式の発展に伴って作られたものである。ブラーフマナには祭式の細かい規定が定められており、これらを理解していた司祭者は、神に等しい存在とみなされた。また同時に、王族も独立の階級を形成し、一般の職業は世襲となり、カースト制度と呼ばれる階級制度が成立した。このカースト制度は西暦千九百年前後の撤廃運動が起こるまでインドで続き、撤廃されてから百年程経つ現在でもその意識は根付いている。このことからも、カースト制度がいかにインド文化や思想に影響を与えてきたかが窺い知れる。

ブラーフマナと同様にヴェーダから発展した文献に、アーラヌヤカとウパニシャッドがある。アーラヌヤカは、ブラーフマナからウパニシャッドに到るまでの過渡期の聖典で、ウパニシャッドは『秘密の教え』を意味する奥義書である。ウパニシャッドの核となるのは一元論的思想である梵我一如の思想で、そこから発展する形で業・輪廻・解脱の思想も説かれている。言うまでもなく、この思想は後世のインド思想、そして仏教に大きな影響を与えている。また初期ウパニシャッドには四住期の概念も描かれており、これが後の釈尊の出家にもつながってくるわけである。

その後アーリヤ人は東に移動を続け、ガンジス川の中流地方にも定住するようになった。その土地は農作物に適しており、村は都市へと発展を遂げる。その都市が集まって国を成し、都市には莫大な富が蓄積されるようになった。この時代、日本では縄文時代か弥生時代であることを考えると、当時インドが文化的にいかに進んでいたかが分かる。この頃の有力な国の一つに、釈尊のシャカ国が属していた大国『コーサラ』がある。

仏教が誕生した紀元前五百年頃、沙門(しゃもん)という精神的指導者が、バラモンに対立していた。沙門とは革新的思想家の総称であり、六師外道に代表されるような、その時代には新しい思想を持った者のことを指した。沙門は、当時のバラモン思想には満足せず、森林などで修行し、村や町へ行って教えを説き、布施の食物によって生活をしていた。仏教を広めた釈尊も、最初は沙門の一人として同じように出家し修行に励んでいた。沙門は階級・身分を問わず出家を認めていたため、釈尊だけでなくジャイナ教の開祖ヴァルダマーナも、バラモンではなくクシャトリアの出身であった。

このように、インダス文明から仏教の誕生まで、文化的・社会的・思想的な流れがあった。また、インドの気候も大いに影響を与えたと私は思う。インドは熱帯地域に属しており、暑熱季、雨季、冷涼季の三季の季節が存在する。私は今年、暑熱季に当たる3月にインドに行ったが、雨は全く降っておらず乾燥し、暑さも尋常ではなかった。ブッダガヤを訪れ、ガイドさんのバイクで前正覚山に向かう際、途中で幅100メートルはある干上がったファルグ川を渡って行った。暑熱季の厳しさを垣間見えたと同時に、あの幅の川に水が張ると考えると、雨季の激しさも想像がつく。

また山下博司著の『古代インドの思想』によると、釈尊が修業したような熱帯の森では、生き物の生長も早く、朽ち果てたものから次の命が自然発生的に現れる。万物には始めも終わりもなく、生滅を繰り返しつつ全生命が継起していく。この様から、インドの思想では生と死を区別し対立的に見ることはなく、相対的に見ることで生死の交流や生死を超越する思想が育っていった、と述べられている。

この厳しい環境であるからインドの人々は思慮を巡らせ、ヴェーダが出来、神々を敬い、祭事を行い、ウパニシャッドが出来、バラモン教が成立し、それに対する沙門が出現し、という流れが生まれたと思った。

このように、インド思想はその思想だけが独り歩きしたのではなく、実生活に結び付いた形で発展していった。この流れを見ていくと、その先に仏教が誕生したことは、ある種必然だったのかもしれない。

以上です!いかがでしたでしょうか?インド独特の思想や文化を少しでもお伝えできていればうれしいです。そして、より仏教の奥深さが味わえると思います!

次回は木曜日『 三経七祖 』のレポートです!金曜は声明の実技試験だったため、次回が最終回です!お楽しみに!!

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