個性の出し方
- Nakayama Ryunosuke

- 7月3日
- 読了時間: 2分
6/27-7/3の週ブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。

昨日、先週から会期になっていた同人書作展に行ってきました。私が通っている、日本教育書道芸術院の同人及び準同人の方々の作品が展示されるものです。
そして有難いことに、準同人の部で優秀賞を頂くことが出来ました。創作なので、人の評価よりも自分が納得できたかどうかが大切だと思いますが、やっぱり何か賞を頂けるのは嬉しいものです。また機会があり、元気だったら頑張ります。
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個性の出し方
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書道を始めて6年経ったので、書道教室では顔なじみのある方もちらほらといらっしゃいます。今回の同人書作展では、そういった方々の作品も展示されていたので拝見しましたが、感嘆しました。皆さんお上手です。
恐らく6年前の私にはどれも同じような作品に見えたでしょうが、それぞれの個性が見えてきます。○○さんっぽい作品だなぁと思いながら拝見するわけですが、個性というのは面白いものです。
先日、とあるボクシングの番組を見ていたら、元ミドル級世界チャンピオンの村田さんが、『個性は出そうと思って出すものじゃない、勝手に出るものだ』と仰っていましたが、その通りだと思います。村田さん曰く、ボクシングでは同じようなスタンスを教えたところで、手足の長さが違うし、骨格が違うし、骨盤の傾きが違うし、と自ずから個性が現れるそうです。
書道にしても、最近ハマっている写真にしても、そう感じます。書く字には癖が出てくるし、撮る写真には似た構図が出現してきます。出そうと思わなくても出てしまう、これこそが個性なはずです。
また、自分の個性を大切にしようと思うがあまり、他の人の影響を遮断しようとする場合がありますが、個性が何かを分かっているとそんな必要はないと気が付くはずです。むしろ、個性だ個性だと今の自分に固執するのは、ただ小さな枠に留まってしまうことになります。
知見を広げる努力を続けつつ、自分なりの努力も続ける、これが個性を伸ばす一番の道なのかもしれません。声明にせよ、書道にせよ、写真にせよ、奇を衒ったことは考えずに、地道に一歩一歩進んでいきたいものです。それが結果的に、自分にしか歩けない道になっているのでしょうから。
ブログをお読みいただきありがとうございます。自分にしか出来ないことって何だろう、とか考えなくて良い気がする。
南無阿弥陀仏
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