親鸞聖人の足跡を巡る旅を振り返る⑥

こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


法善寺ではLINEの公式アカウントがありますが、その登録者数が200人となりました。時間と共にじわじわと増えてきていて、本当にありがたい限りです。やっぱり直接門徒さんとコミュニケーションを取れるツールですので、とても重宝しています。法事のご相談をされたり、仏事で分からないことを聞かれたり、お寺の行事についてお問合せされたり、様々な場面で役立っています。


ちなみに法善寺のアカウントは無料アカウントなので、こちらから登録者全員に一斉送信するメッセージは月に1000通という上限があります。200人となると、5回送ると1000通になりますので、少し考えないといけません。嬉しい悩みです。ただし個別のやり取りは加算されませんので、普通のLINEみたいに使う分には無制限で使い放題です。

#皆様からのご連絡はお気になさらず大丈夫です


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親鸞聖人の足跡を巡る旅を振り返る⑥

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さてさてさて、引き続き、2年前の年末に行った『親鸞聖人の足跡を辿る旅』を改めて振り返っていきます。


毎回書いていますが念のため、、、


今回のシリーズはあくまで『振り返り』ですので、いま旅に出ているわけではありません。私は東京にいます。また、実際に私が訪れた順番ではなくて、まとめるために関連性から順番を決めています。ご容赦ください。ちなみに写真は、全て私が(多分)撮影したものです。

親鸞聖人が歩んだとされるルートを図式化したものがこちらです。(ざっくりとなってしまい恐縮ですが)京都でお生まれになり、流罪で越後に流され、関東に向かい、そして京都に戻られて御遷化、というのが親鸞聖人の歩まれた道です。


今日は少し予定を変更し、特別編として親鸞聖人にも所縁の深い善光寺のみをピックアップします。一ヶ寺ですが、ボリューム満点です。


では、行きます。

#ド直球



『善光寺』(長野県長野市)

~親鸞聖人が影響を受けた民衆のお寺~

仁王門

仲見世

山門(三門)

境内

↑本堂

↑親鸞聖人像

爪彫阿弥陀如来の祠

爪彫阿弥陀如来

堂照坊(親鸞聖人逗留の場所)

宿坊・淵之坊(クリスマスだったのでほぼ貸し切りでした)

ライトアップされた仁王門

ライトアップされた本堂

長野駅前にある如是姫像(善光寺に向いています)


長野市元善町491 にある無宗派の単立寺院で、全国の善光寺信仰の中心寺院です。善光寺のメインとなるのは奥行きの深い独特の形をした本堂で、現在の御堂は江戸時の宝永4 年(1707)に建立されました。


本尊はおよそ2500年前(釈尊在世の時代)に造られたと言われる、絶対秘仏の一光三尊様式で造られた阿弥陀三尊で、三国伝来(印・中・日)の由来を語った『善光寺縁起』が伝えられています。その絶対秘仏を基に、およそ800年前に造られた阿弥陀三尊には御前立仏があり、これが7年に1度御開帳されるそうです。つまり『絶対秘仏』は800年以上誰の目にも触れていないという事になります。


ちなみに本堂奥では『戒壇巡り』が出来ます。真っ暗な地下に進む階段がありそこを進むのですが、これは絶対秘仏の御本尊様の下を巡って、仏様の分身ともいえるお錠前に触れることにより、仏様と縁を結び極楽往生のお約束をいただき、私たちが本来持っている仏縁の種を大切に育ててゆくことを仏様にお誓いする『行』なんだそうです。私も体験しましたが、本当に真っ暗で壁を伝いながら歩かないと出られなくなるんじゃないかという恐怖もありました。もちろん携帯なんかで光を発するのは禁止です。


親鸞聖人がここを訪れた所縁としては、本堂の入口近くに如来堂御花松という松一本の生け花があり、親鸞聖人がかつてこれを供えたという言い伝えがあります。そこからこれは、親鸞松と呼ばれています。また善光寺仁王門の近くに、親鸞聖人が100日間逗留されたと伝えられる堂照坊という宿坊があり、戸隠山に参詣した帰りに描いたとされる『笹字の名号』が伝えられています(伺ったのですが誰もいらっしゃらなくて、中には入れませんでした)。


更に本堂前左手の祠に『爪彫阿弥陀如来』というものが安置されており、これは親鸞聖人が逗留の際に爪で彫ったものと伝えられています。こうした親鸞聖人との関わりから本堂前には、松を捧げる親鸞聖人の銅像が建てられています。ただし、最初の像は戦時中に供出されてしまい、現在のものは1954年に再建されたものだそうです。


親鸞聖人が関東に向かう道中に立ち寄ったと思われる善光寺は無宗派の単立寺院ですが、親鸞聖人は善光寺から大きな影響を受けています。それはおそらく、多くの平民が慕う善光寺に、ご自身が理想としていた『全ての衆生を救える仏教』の姿を見たのではないでしょうか。


現在善光寺は天台宗のお寺と浄土宗のお寺が護寺する形をとっていて、朝のお勤めも前半は天台宗の僧侶が、後半は浄土宗の僧侶が行うという変則的なものでした。善光寺の添え地には、両宗派のお寺さんがたくさん立ち並んでいました。


また夜になると、クリスマス時期ということもあり、山門や本堂が綺麗にライトアップされていて、多くの方が参詣に来られていました。


長野駅前には、善光寺の絶対秘仏を作成されたと言われる、天竺(インド)の毘舎離国(びしゃりこく)の如是姫の銅像が建てられています。この如是姫が阿弥陀仏のお導きによって病気が治ったとのことで、阿弥陀像を造られ、それが善光寺に伝わってきたと言われています。ちなみにこの像は、まっすぐと善光寺の方向に向けられています。



ということで、今日は善光寺のみをお届けしました。結構たっぷりと時間を使って拝観したのですが、それでももの足りないくらいでした。いつか時間を作って、改めてゆっくりと見てみたいと思います。


明日からは、関東から帰洛(京都へ帰られる)の途中に立ち寄った場所を巡っていきます。引き続きご注目ください。



南無阿弥陀仏

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