漢音阿弥陀経と行道散華
- Nakayama Ryunosuke
- 2022年12月12日
- 読了時間: 3分
12/11のブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。
今日は久しぶりに、朝から晩まで予定がびっしりと詰まった1日でございました。普段、別にサボっているというわけではありませんが、決められた予定がびっしりと入っている日は珍しいものです。喉と体を酷使して、頑張らせていただきました。
明日は年末発送の作業デーになります。世話人さんたちにも手伝っていただきながら作業を進めていく予定です。去年もこの時期に年末発送の作業をしていただきましたが、あっという間に1年経ってしまいました。早いものです。今年も残すところあとわずかではございますが、悔いのないように生活していきたいと思います。
==================
漢音阿弥陀経と行道散華
==================
さて、少し前になってしまいますが、木曜日の声明学園について触れておりませんでしたので、今日のブログで書かせていただきます。
今週から、研修科では『漢音阿弥陀経』の科目に入りました。普段我々がよく読んでいる阿弥陀経は、呉音で形成されていますが、漢音阿弥陀経も様々な場面で使われる読法になります。『ぶっせーあみだきょう』ではなく、『ふせーあびたけー』となるのが、漢音阿弥陀経です。
本山では晨朝法要などで用いられていますので、ほぼ毎日称えられていますが、末寺では恐らく、行道散華をするときにしか使われないんじゃないでしょうか。行道散華は、蓮の葉に模した華葩(花ビラ)を撒きながら、内陣内を練り歩くものですが、主に落慶法要(本堂や庫裡が建て替わったお祝いに行う法要)や御遠忌に行うことが多いです。たまにしか使わないものですが、だからといって知らなくていいということではありません。きちんと稽古をつけないといけません。
漢音阿弥陀経は、普段の阿弥陀経の読み方に慣れていれば慣れているほど、難しく感じるかもしれません。段々と、どっちで読んでいるか自分でも分からなくなり、気が付いた時には沼にハマっているということもザラにあります。ただ私は、一時期本山の晨朝に顔を出していたこともあり、比較的漢音阿弥陀経には苦手意識を感じていません。細かい節で確認事項はあったりしましたが、概ね問題なく授業は終わりました。
漢音阿弥陀経を読みながら、法善寺の本堂内で散華をしているイメージを膨らませていました。ここ直近では、親鸞聖人の750回御遠忌で行道散華を行いましたし、2年後には建て替えが終わっているはずで、そうなったら落慶法要で行道散華を行うはずです。普段の殺風景なイメージが、花びらが舞うことで一気に華やかになるんだろうなとイメージしながら、授業を受けておりました。
住職襲職式の時にも散華をしましたが、たったその場で行う起立散華というものでした。行道散華の方が動きがあるので、もっともっと見応えがあるはずです。まだ少し先になりますが、落慶法要の日を楽しみにしながら、日々のお稽古に励みたいと思います。
今日もブログをお読みいただきありがとうございます。全て網羅してこそ、良いお坊さんです。
南無阿弥陀仏
-------------------------------------------------------------
Comments