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人は3回死ぬ

12/4のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


今日はお寺の総代の方たちと、忘年会がありました。こういった会を企画してくれたことに感謝ですし、コロナが明けてまた集まれることに幸せを感じながら、食事をさせていただきました。お酒が入って、ざっくばらんなお話が出来て何よりでございました。


総代の方たちには、本当にお寺を支えて、盛り立てていただいています。私よりも年上で、人生の先輩方ばかり、大変心強く感じています。ここ2年くらいは毎年言っている気がしますが、来年こそは建替えがスタートするはずです。支えていただきながら、私自身も頑張っていこうと思います。


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人は3回死ぬ

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寒い日が続き、忘年会シーズンになってくると、いよいよ年末だなぁという感じがしてきます。以前にも述べましたが、この年末年始感はとても好きで、寒いなぁと思いつつも楽しんでいる自分もいたりします。(今週、少し暖かくなるみたいですが)


12月に入ってお寺の掲示板を『人生足別離(人生に別れはつきものである)』に変えてから、私自身もいろいろと考えることがありました。先日のとあるお寺の葬儀の食事の席にて、導師さんが『人は3回死ぬ』という話をされていて、それとこの『人生足別離』を掛け合わせて、年忌法要の法話にもさせていただきました。


人は3回死ぬ、というのは1回目は心臓が止まること(医学的な死)、2回目は死亡届を出すこと(社会的な死)、そして3回目は存在自体した記憶がなくなるということ、だそうです。


こうやって聞くと、『はいはい、じゃあ教科書に載るような有名人は死なないってことね』と捉えられるかもしれません。


確かに、何百年にもわたって人々の記憶に残り続けているわけですから確かにその通りかもしれません。ただ、そんな有名人じゃなくたって、人は生きている限り何かしらのご縁を作り出し、それを受け取る人がいて、その人がまた誰かのご縁となっていきます。ご縁がどんどん紡がれ、繋がっていきますので、そのご縁に限りはありません、つまり極論を言えば、人は死なないんじゃないか、というのが先日の導師のお話だったと記憶しています。


人生足別離(人生に別れはつきものである)とありますが、人と人が別れたからと言ったって、その記憶が無くなったり、頂いたご縁が無くなるわけではありません。別れがあったとしても、ご縁は繋がっているはずです。


令和5年との別れまで、あと1か月弱となりました。もうすぐ別離となりますが、令和5年を忘れることはないでしょうし、この年に頂いたご縁が私をまたひとつ形成していくはずです。そういったご縁の一つ一つに感謝をしながら、また1日1日を歩んでいければなぁと思います。


今日もブログをお読みいただき、ありがとうございます。諸法無我、諸行無常。



南無阿弥陀仏

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