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書道のお勉強

6/8のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


昨日のボクシングから一夜明け、なんとなくまだ余韻が感じられる中で1日を過ごしました。やっぱりたまにあのような非日常を味わうのは大切なんだなーと実感しました。ただそうは言っても、まどろんだまま過ごしていたら終わってしまいますので締めるところは締めないといけません。


今日は書道の創作ゼミがあったりしましたが、明日は時間が取れそうですので溜まっている作業系に時間を費やしたいと思います。引き続き頑張ります。


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書道のお勉強

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ということで、今日は書道の創作ゼミに行ってきました。先週が1回目で今日が2回目、来週の3回目で終わりとなります。


今日はほとんどの時間が、宿題作品の批評に使われました。参加者全員の作品がどどんと前に貼り出され、その一枚一枚に先生からの批評が入ります。プライバシーの問題でお載せできないのが大変残念ですが(一応気を使っているつもり)、みなさんの作品が素晴らしすぎて、迫力に参ってしまいました。


私の作品への批評ですが、最初の一言は『おとなしい』とのことでした。確かに、あのように並べられると自分の作品がおとなしいというか、つまらないというか、味がないというか、目に留まらない作品であるのは間違いありません。自分としては頑張って崩しているつもりでも、他の方の振り幅たるや凄まじく、完全に見劣りしてしまっています。


別に、振り幅がある=良い作品、というわけではないのでしょうが、振り幅を持っていると持っていないとでは大きな違いで、振り幅を持っている人が振り幅少ない作品を書いたとしても、『お、今回は敢えて抑えて書かれているんですね』というのが伝わってきます。


そして自分にはその振り幅がまだまだ全然なくて、いつも見てくださっている先生的に言えば『一度破綻しなさい』ということなんでしょうが、まだまだ自分の中の枠を壊しきれていないということが分かりました。今日様々な作品を見ることが出来て、とても勉強になった気がします。もっともっと多くの作品に触れることが大事なんだなと思いました。


とんでもなく素晴らしい作品がいくつもありましたが、(ちょっと語弊ありますが)書かれた方がそんなにとんでもなくぶっ飛んだ方には見えませんでした。それらwk書かれているところを拝見したわけではありませんが、別にヘビメタを聴きながら書いているわけでも、大声で叫びながら書いているわけでも、煙モクモクの部屋で書いているわけでもないはずです。先生のデモンストレーションもそうで、黙々とすばらしい作品を書き上げていました。


ただ、私から見れば、皆さん頭の中ではぶっとんだ原稿を描いていて、それを黙々と筆と紙と墨を使って表現しているのかなと思います。感性やらセンスやらという言い訳なんかよりも、そういう思考回路を構築や、他の作品からの吸収という日々の努力が純粋に自分なんかより上回ってらっしゃる、と感じました。特に、今日の講義で、人の作品を見ることが大変勉強になることが分かりましたので、吸収することに時間と意識を割いていきたいと思います。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。来週も宿題あります。恥かいてきます。



南無阿弥陀仏

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