生きづらい現代で自分を律する
- 21 時間前
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7/10 - 7/16の週ブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。
本日をもってお盆期間が終了となりました。雨に降られることはほとんどありませんでしたが、その分暑さには苦しめられた印象の四日間で、それでもおかげさまで何とか無事に乗り越えることが出来ました。とはいえ、暑くない日を見計らってまだまだお墓参りにいらっしゃる人もいるのかな、と思います。

後出しになってしまいましたが、お盆期間中は本堂内陣に切子灯篭をお飾りするのが習慣となっています。法善寺のは写真の通りですが、他のお寺さんのインスタとか見ていると様々な色と形があり、面白いものです。写真でご覧いただける通り、法善寺のは古くなってきている感が否めませんので、いつか直したいものです。DIYで。
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生きづらい現代で自分を律する
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お盆期間でしたが、サッカーワールドカップの準決勝が昨日今日でありました。特に熱いサッカーファンというわけでもないのですが、基本的にスポーツは好きですし、4年に一回だからと思って頑張って見ています。おかげさまでうっすらと寝不足の日々が続いています。
そんな中で、今大会は審判の誤審であったり、運営側の謎の忖度が話題になっています。ライトファンなので厳密なルールは存じ上げておりませんが、批判を見てみるとそれなりに納得感もあり、やられた相手のファンからしたらたまったもんじゃないだろうなと思います。
ただ所詮は人のやることですので、明確に白黒つけるのは難しい、というか不可能です。一つの笛、一つの判断が勝敗に直結しかねないのがスポーツの世界で、1点の価値が最も重いであろうサッカーにおいてはその責任の重さも比例して大きくなっていますので、運営側に立つと気の毒になってくるのもまた事実です。
それにしても、特にSNS上で繰り広げられる批判の応酬は見ていて気持ちの良いものではありません。自分から見に行かなくてもそれがニュースになって取り上げられたりして、自ずと目に入ってきます。誰しもが世間と繋がれるというのも、便利なようで考え物です。
SNSが便利なのは間違いないのですが、それによって周りの目が厳しくなり、名前も知らない会ったこともない人に誹謗中傷され、生きづらくなってしまうのが現代の課題だとしたら、これを克服するのはとても難しい、というか不可能です。
包丁と同じで、SNSも使い方次第で薬にも毒にもなります。まずは自分だけでも、その悪い側面に巻き込まれないように接していくのが大切かなぁと思います。人がどうこうと言いたくなりますが、人はそんな簡単に変わりません。変な期待は抱かずに、まずは自分を見つめることから始めないといけませんね。
負のニュースに触れると、どうしても気持ちが持ってかれてしまいます。出来るだけ触れないように、触れてしまってもぶれない気持ちを持つために、自分を律していきたいところです。
ブログをお読みいただきありがとうございます。フラットで純粋な気持ちで、ワールドカップ決勝を楽しみたいです。
南無阿弥陀仏
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