バスツアーの下見に水戸へ
- 6月18日
- 読了時間: 3分
6/12 - 6/18の週ブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。
今朝も雨が降っておりましたが、今年はずいぶんと梅雨らしい梅雨になりそうです。梅雨には梅雨の役割があるので良いのですが、ジメジメするのはやっぱり苦手です。暑さも相まって、汗っかきには辛い季節ですね。
今日は約3週間ぶりの書道でしたが、梅雨時期は墨がよく滲みます。どれくらい紙に墨を置くのが良いのか、これも経験則ですね。書道始めて7年以上経ちますが、まだまだ日々勉強です。
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バスツアーの下見に水戸へ
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今週の月曜日のことですが、バスツアーの下見に行ってきました。毎年恒例の法善寺バスツアー、今年の行き先は茨城県でして、水戸市にある報佛寺さんを中心にツアー内容を組んでいきます。ちなみに日程は10月3日㈯です。是非、予定を空けておいてください。

この報佛寺さんは、歎異抄の作者と言われる唯円さんが開基のお寺です。実は法善寺で毎年制作している、野仏カレンダーの卸先のお寺さんでもあったのですが、お伺いするのは今回が初めてでした。お忙しい中、快く受け入れてくださり、有難い限りです。
唯円さんは、元々は平次郎という名前で、相当な荒くれ者だったそうです。ただ奥さんが念仏者で、親鸞聖人に深く帰依されていました。
ある時、親鸞聖人からいただいた十字の名号を隠れて拝んでいた奥さんを見つけた平次郎は、奥さんが情夫の手紙を読んでいるものと邪推して、殺してしまいます。平次郎はその死骸を裏の竹藪に埋め、家に帰ってきたのですが、驚くべきことに奥さんは家にいたのです。
仰天した平次郎が、さっき死骸を埋めた竹藪を掘り返したところ、血に染まった(奥さんの身代わりになった)『帰命尽十方無碍光如来』と記した十字名号が出て来て、これを機に平次郎も親鸞聖人に帰依した、という逸話が残されています。
なんと、報佛寺さんには、その十字名号が今でも残されていまして、バスツアー参加者はご覧いただけます。報佛寺さんの、なんと太っ腹なことか。ありがたや。

実は報佛寺さんは、元々現在の南西約500メートルほどの場所にあったそうです。そこには『唯圓(円)坊之碑』と刻まれた大きな石碑が置かれていて、唯円さんの御生涯についてや報佛寺さんの由縁などが書かれています。
この碑に、私は報佛寺さんに伺う前に立ち寄ることが出来ましたが、雑草生い茂った空き地の真ん中辺りにあり、残念ながらバスツアーで訪れるのは難しそうです。ただ、報佛寺さんにはその石碑の拓本がありましたので、当日はそれも見せて頂けることになりました。
報佛寺さん以外にどこに行くかは未定ですが、偕楽園か弘道館には行く予定です。ただ、どちらも下見しましたが、弘道館の方が適当でしょうか。偕楽園はバスを停める場所が離れているうえに、好文亭という庭園内の見どころまでかなりのスロープを上がっていかなければいけません。

その点、弘道館の方が小さくまとまっていて見どころも分かりやすい印象でした。明日旅行代理店の方との打ち合わせがありますので、詳細詰めてまいります。
正式な募集は8月くらいからかなぁと思っていますが、日程は10月3日㈯で確定です。より多くの方々のご参加を、心よりお待ちしております。
ブログをお読みいただきありがとうございます。この日もたくさん歩けました。健康健康。
南無阿弥陀仏
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