日曜日からお彼岸が始まる
9/11 - 9/17の週ブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。
いよいよ今週の日曜日からお彼岸が始まります。すでにちらほら、『少し早いですがお彼岸のお参りに来ました』という方もいらっしゃり、雨続きの9月ですので良い日柄をお選びになっているみたいです。

境内の少し外れですが、彼岸花が咲き始めました。綺麗なような毒々しいような、他に類を見ない形をした不思議な花ですが、お彼岸の到来を感じさせます。
お彼岸期間中、初日(20日㈰)・中日(23日㈬)・結日(26日㈯)の3日間は11時より本堂で彼岸供養法要を行います。本堂には参拝記念の御朱印もご用意いたしますので、お墓参りと併せて是非ともご参拝ください。
皆様にお会いできるのを楽しみにしております。
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日曜日からお彼岸が始まる
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すっかり定着してきた読書ですが、今週で4週間が経ちました。三日坊主ならぬ三週坊主を乗り越えることが出来て、ひとまず自信がつきました。
もともと今週は『零の発見』を読もうと決めておりましたが、薄めの本でしたので勢いそのままに『エビデンスが教える 子どものすごい読書』という本も読むことが出来ました。週2冊、このペースで行けば年間100冊読めますが、まあ無理の無い範囲で続けていきます。
さて、インド人が0を発見した、というのは有名な話ですが、その0が世界にどれだけの影響を与えたのか、ということが書かれていました。1とー1の間にある0という整数だけでなく、十を表すのに使われている0であったり、百八を表すのに使われている0というのも、昔は概念としてありませんでした。
前述の漢数字でもそうですが、『0は書かない』で数を表現するのが普通だったわけです。普段生活する中で一番使う数字はアラビア数字ですが、その次に目にするであろうローマ数字(ファイナルファンタジーとかのやつ)にも0は存在しません。10はXと表現し、30はXを三つ並べてXXXと表現します。
こうしたローマ数字等の古い表現方法だと、位ごとに新しい記号が必要になってきます。100はC、1000はM、、、といった具合に増えていくため、大きな数字を表すことが困難です。厳密には、5、50、500にも別な記号が振られているため、3,947を表そうと思ったらMMMCMXLVIIとなります。
ちなみに本の冒頭には昔の石碑の写真が載っていましたが(ローマ数字ではない)、そこには230万を表すために10万の記号が23個並べられていました。10万以上の単位を表す記号が無かった、ということです。
0がある現代においては、たった10個の記号であらゆる数を表現できるようになりました。これによって計算が分かりやすくなり、ひいては我々が使っているパソコンやスマホの技術にも繋がってきます。0の発見、これがいかに重大なことだったのかを改めて教えてくれる本でした。
もう一冊の『エビデンスが教える 子どものすごい読書』は、前述の『零の発見』に比べると現代的で、とても読みやすい本でした。読書が学力やコミュニケーションに与える効用であったり、子供を読書好きにするためにはどうすれば良いか、ということが書いてありました。
一応3児の父として子供の将来を憂いたり憂わなかったりしていますが、ざっくりと『もっと読書してくれないかなぁ』という願いはありました。そもそも読み書きが覚束ないうちは、尚更そう思ってしまいます。
ただ、そんなことを願っている本人が本を読んでいませんでした。そんなこともありずっと二の足を踏んでいましたが、私自身に読書が習慣化したことによって子供たちにも心置きなく読書を勧められます。とは言え、あからさまにしてしまっては逆効果ですので、この本に倣って環境を整えることに尽力してみます。
この本にも書いてありましたが、本を読むとまた別の本が読みたくなってきます。今のところビジネス本に手を出していませんが、役に立つか分からない知識を得ている今の状況の方が気軽で、私には向いている気がします。とりあえず、飽きるまで人文学を掘り進めてみようと思います。
ブログをお読みいただきありがとうございます。次週は『旅の効用: 人はなぜ移動するのか』を読んでみます。旅行好きの私にとっては、自分の内面を覗き込むような本になる気がしていて、とても楽しみです。
南無阿弥陀仏
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