我々は、紡がれたご縁の線上に生きている
- 3 日前
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8/7- 8/13の週ブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。
早くも8月も中旬となり、世間一般的にはお盆休みに突入しています。あいにくの天気だったりしますが、法善寺にも多くの方々がお墓参りにいらしています。

そんな中先日のことですが、上野にある東京藝術大学の美術館に行ってきました。地元のくせに恥ずかしながら初めて伺ったのですが、夏休みということもあり多くの方で賑わっていました。題材は芸術初心者向けでしたので、私含め多くの方に分かりやすい内容だったのが一つの理由かもしれません。
写真を始めてからというもの、この手の展覧会的なものに頻繁に足を運ぶようになりました。その観点から言えば東京、特に上野は贅沢な場所です。もっと早めに気付いておけば、あれもこれも見逃さなかったのにという後悔は尽きませんが、これ以上そんなことが無いように引き続き足を運んでいこうと思います。
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我々は、紡がれたご縁の線上に生きている
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そんな流れの一環で、先日家で『真珠の耳飾りの少女』という映画を見ました。古い映画でも、スマホでささっと検索して見られる時代です。有難さと共に、最近は恐ろしさも感じていますが、その便利さを日々享受しています。
ご存知の方も多いと思いますが、フェルメールという17世紀の画家さんがいまして、その方の一番有名な作品が『真珠の耳飾りの少女』です。真珠の耳飾りを着け、青いターバンを巻いた女性が、少し振り向いた感じでこちらを見ている、あれです。フェルメールを知らなくても、この作品は必ず見たことがあるのではないでしょうか。
その絵のタイトルが付いた映画なのですが(むしろ映画のタイトルになったことで、この絵がそうやって呼ばれるようになった説もあるそうですが)、フェルメールがこの絵を描くまでのスーリーが描かれています。小説が原作なので、史実というよりも創作なのでしょうが。
この映画の中では、絵のモデルとなったのはフェルメールの家に勤める侍女・グリートという女性になっています。圧倒的な主従関係の中、たかが侍女がアクセサリーを身に着け、絵のモデルになるなど考えられない時代。フェルメールの妻に嫉妬と叱責を受けながら、絵は完成されていきます。
映画の時代背景として、召使は召使、画家は画家、と生まれながらに職業が決まってしまっています。映画自体の感想は差し控えますが、そんな観点で見ながら、現代の我々は恵まれているなぁと改めて感じました。
一部の方を除き、ほとんどの方が自由に職業を選べるのが現代です。もちろんそこに至るまでに努力や才能が必要ですが、そもそも生まれた時点で無理、という世界線ではありません。かくいう私も世襲の世界に生まれましたが、お寺に入るまでは好きなことをさせてもらっていました。
その世界線に至るまで、先人たちの計り知れない尽力があったことは言うまでもありません。戦い戦い戦い続けたおかげで得られた自由を、現代の我々は享受しています。これまでの人々が紡いできたものの線上に、今の自分は生かされているのです。
お盆の時期というのは、ご先祖様とのそういったご縁をより一層強く感じられる期間かもしれません。紡がれてきたご縁を、今は自分が紡ぐ番なわけです。世知辛い世の中において、自分だけが良ければ良い、と考えがちになってしまいますが、そういった視点は常に持ち続けていたいものです。
10月には父の七回忌法要があります。生前は喧嘩ばかりだった気がしますが、とりあえず明日にはちゃんと手を合わせて、感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思います。
ブログをお読みいただきありがとうございます。今日姉が、今更法善寺の歴史を私に送ってきたのも、そんなお盆のご縁が働いたのかもしれません。Chat GPT製だったので、法善寺のホームページから引用された情報が半分くらいを占めていた逆輸入的な資料でしたが、結構面白かったです。
南無阿弥陀仏
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