もっと人間を理解したい
9/25 - 10/1の週ブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。
今週は北海道への出張がありました。あちらのお寺さんにて、報恩講での助音役(声出し役)を務めてまいりました。
声明ですので100点はなかなか取れませんが、その時の全力ではお勤めをさせていただきました。ご縁をくださり、ありがとうございました。

東京もさることながら、北海道でも私がいる間は少しぐずついた天候でした。綺麗なお天気雨を写真に収めることが出来ましたが、東京で散々降られているので、雨には飽きがきているのも事実。
そんな中、今週の土曜日は法善寺の恒例バスツアーです。天気がとにかく心配でしたが今のところ大丈夫そうで、10月に入ってからの切り替えはお天道様に感謝です。
今日明日とバタバタとしますが、万全の準備をしてバスツアー当日を迎えたいと思います。
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もっと人間を理解したい
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では、ここからは読書パート。いきなり敬体(ですます調)から常体(だ・である調)になるが、書いている本人が一番しっくり来ていないのでご勘弁願いたい。きっとすぐ慣れる、はず。
さて、今週は『ひとはなぜ戦争をするのか』と『ビジュアル・シンカーの脳』、二冊の本を読むことが出来た。
まず一冊目の『ひとはなぜ戦争をするのか』だが、物理学者のアインシュタインと心理学者のフロイトの往復書簡が和訳されたものだ。訳者などのあとがきも読みごたえがある。
この書簡が今は本となり残っているが、実際のやり取りは1932年になるので、実に100年ほど前のやりとり、ということになる。国際連盟からアインシュタインが依頼されて実現されたものらしい。
大雑把な時代背景を言ってしまえば、第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間にあたる。アインシュタインの発表した相対性理論が核兵器の礎となってしまったことは広く知られているが、まだその悲劇が起こる前の書簡である。
本書には、暴力とは何か、戦争とは何か、法とは何か、といったことが書かれている。人類を戦争というくびきから解放することが出来るか、というアインシュタインの問いから始まるが、その後に第二次世界大戦が起きてしまうとは何とも皮肉なことだ。
二人とも根っからの平和主義者でありながら、戦争をしてしまう人間の暴力性も見つめている。戦争を無くすための、半ば理想論的なものが書かれていたりもするが、人類として忘れてはいけないことだ。
個人的には、斎藤環氏のあとがきにあった『日本国憲法に我々人類が追い付く必要がある』という言葉を非常に重く受け止めた。日本人の私にとって、憲法は国の願いである、ということを改めて強く感じた。
二冊目の『ビジュアル・シンカーの脳』は、人が思考するときのプロセスを解いた本である。
人は凡そ、言語で考えるタイプと、視覚で考えるタイプがいるそうだ。冒頭にそれをチェックするための質問があるのだが、早速私自身がビジュアルシンカー(視覚思考者)の端くれ(かなり軽度)であることが分かった。
この結果には自分が一番驚いた。絵が上手いわけでもなく、美術的なセンスなど無いと思って生きてきた人生だったからだ。ただ読み進めていくと、自分がビジュアルシンカーに当てはまることが少しずつ理解できるようになった。
なお、これはどちらが上とか下とかではない。プロセスの違いということであって、お互い得手不得手がある。
元来人は、自分が当然出来ることなのに、それを他の人が出来ないと『使えない』『頭が悪い』と切り捨てたがる。ただそんな人にこそ、この本は読んでほしい。思考のプロセスに優劣などないんじゃないかと思えてくるからだ。
特に人は子供の内は言語が未熟なため、ビジュアルシンカーの毛色が強いそうだ。そういう視点を持って我が子と接すると、もっと優しくなれるし、彼らの動向をもっと尊重できるはずだ。
今週読んだ二冊は、どちらもとても興味深かった。人間をもっと知ることで、お坊さんとしての自分にももっと返ってくるものがあるはずだ。人文学は面白い。
ブログをお読みいただき、ありがとうございます。来週は『忘れられた仏教天文学』と、何かもう一冊位読んでみよう。目指せ1年100冊。
南無阿弥陀仏
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