令和8年バスツアーの振り返り
こんにちは!
法善寺住職の中山龍之介です。
去る令和8年10月3日㈯、毎年恒例の法善寺バスツアーを開催しました。

記録的な秋雨が続いておりましたが、当日は好天に恵まれ、無事に終えることが出来ました。ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございます。
今回のバスツアー、メインの行き先は茨城県は水戸にある報佛寺様でした。歎異抄の著者とされている唯円が開基のお寺で、ご住職からお寺の由縁など、様々なお話を伺うことが出来ました。
唯円は俗名を大部平次郎(おおぶへいじろう)といい、元々は人を簡単に殺めてしまうような悪漢であったと言われています。ところが平次郎の妻は親鸞聖人の信奉者で、お念仏の教えに感動され、ついには直筆のお名号を拝受します。
ただ平次郎は、妻が大事に抱えているお名号を他の男からの手紙だと勘繰り、怒って妻を剣で一太刀、殺めてしまいます。その後妻の亡きがらを裏山に埋め、家に戻ってきたのですが、そこで仰天します。
なんと、殺めたはずの妻が家におり、平次郎を出迎えたのです。驚き裏山に向かった平次郎は、先ほど妻を埋めた穴を掘り返してみると、そこには親鸞聖人から拝受されたお名号が埋まっていました。
この出来事をきっかけに平次郎も親鸞聖人に信奉し、唯円という法名を授かりました。そして親鸞聖人亡き後に、門弟の間に間違った教えが広まったことを懸念して書かれたのが『歎異抄』です。異なるを歎く、という意味です。

報佛寺様には、その時のお名号がいまだに残っており、ご住職の横にある黒い掛け軸がそれです。
経年のため少し見えにくくなっていますが、近くでライトを照らしながら見ると『帰命人十方無碍光如来』という十字名号を見ることが出来ます。また、帰命の文字の下には平次郎の太刀筋と見られる白い線も入っていました。
なお、今回のバスツアーではお邪魔できませんでしたが、報佛寺様から南に700mほど進んだ場所に、元も道場地が残されています。そこは池があり湿地になっているため今回の行程には含めませんでしたが、唯円の遺徳が刻まれた石碑が残されています。
報佛寺様を後にして、次はホテル・ザ・ウェストヒルズ水戸のレストランにて、コース料理の昼食を頂きました。

食事は、ホテルならではの豪華なものでした。量・味ともに申し分なく、満腹で昼食を終えました。
次に向かったのは徳川ミュージアム。水戸黄門で有名な徳川光圀所縁の地にある博物館で、歴史を知るとともに刀や鎧兜などの貴重な資料も展示されていました。

ただ、子どもたちにとっては、広い中庭が楽しかったみたいです。少しストレスが溜まっていたであろう子供たちの遊ぶ姿を見て、好天で良かったなぁとしみじみと感じました。
最後の目的地は笠間稲荷神社です。日本三大稲荷(諸説あり)の一つだそうで、神社自体も立派でしたが、参道も食事処が多くて楽しめました。

東京のように外国人観光客はあまりいませんが、日本人の観光客だけでもとても賑わっていました。所々にキツネ(正確には宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ))の像が祀られていて、見守られながら参道を進むことが出来ます。

笠間は栗が有名なので、私は生モンブランというご当地メニューを頂きました。子供にも分けていたらみんな気に入ったらしく、半分くらい取られてしまいました。
帰りは渋滞に巻き込まれながらも、とてつもなく大きなトラブルはなく、無事にバスツアーは終了となりました。
重ねまして、ご参加いただいた皆様本当にありがとうございました。今年の反省を生かしまして、また来年素晴らしいバスツアーを企画していきますのでご期待ください。
そして、文化の日でもある11月3日㈫㈷には、法善寺の報恩講が勤まります。浄土真宗のお寺で一番大切な行事ですので、こちらにも是非お参りくださいませ。
報恩講では、法要に先立ちまして11時から法話があります。今回の法話では『御荘厳』について取り上げていきます。御荘厳とは、平たく言えば本堂の飾りつけのことで、一つ一つに意味があります。その辺りを少しでも繙ければと思っています。
そして正午から法要となります。親鸞聖人が著された正信偈をお読みします。御参詣の皆様も、ご一緒に声を出していきましょう。もちろん、不慣れな方はまずはお参りだけでも結構でございます。
法要終了後にはお弁当をお渡しいたします。お持ち帰りの上、ご賞味くださいませ。
それでは、引き続き法善寺をよろしくお願いいたします。
南無阿弥陀仏
-------------------------------------------------------------
























コメント