父になり、自分の父を懐かしむ
- 2 時間前
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3/6-3/12の週ブログです。
こんばんは。
法善寺住職の中山龍之介です。

3月に入り、何となく花粉症が和らいだ気がします。相変わらず薬は飲んでますし、目も痒くなりますが、先週や先々週は痒みが爆発してしまうこともあり、それに比べると対症療法が機能している気がします。
この時期は、YouTube上の情報番組でも花粉症のことがよく取り上げられています。〇〇が良い、■■がダメ、と様々な情報が錯綜していて、専門家と言えど人によって言うことはマチマチ。何を信じるかはあなた次第です、という感じでしょうか。
一つ一つ試すわけにもいきませんし、都合のよい情報だけを信じるわけにもいきませんので、とりあえず今年も抗ヒスタミン剤の薬とアルガードで乗りきろうと思います。花粉症の皆さん、もうしばらく頑張りましょう。
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父になり、自分の父を懐かしむ
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単純に花粉症でムズムズしているだけかもしれませんが、年度末である3月はやっぱりなんだか落ち着きません。お彼岸があったり、法人としての締めがあったり、バタバタする中で時間だけが過ぎていきます。
それに加え、今年は長男がいよいよ幼稚園を卒園を迎えます。ちょうど1週間後に卒園式がありますが、まだ実感が湧きません。あの息子が小学生になるなんて、驚いちゃってます。
また、父が亡くなって今年で6年になりますが、孫のそんな姿を父も見たかっただろうなと思います。あんまり子煩悩な父ではありませんでしたが、自分が親になると父との思い出をふと思い出すことがあります。
先日息子にUNOで勝たせてあげた時、自分が幼稚園の頃に一生懸命やって親父に勝ったつもりだった神経衰弱も、もしかしたら親父は手を抜いてくれていたのかな、という想いが湧き、
息子と一緒に作った紙飛行機を末っ子にグシャグシャにされた時、自分が子供の頃に父と一緒に作ったプラモデルのバイクを、まだ赤ちゃんだった従姉妹に壊された時は相当腹が立っただろうな、という想いが、それぞれ湧いてきました。
親の立場にならないと分からない気持ちって、やっぱりあるんですね。こういった経験をした上で、親父と酒を飲みながら話したかったなと思いますが、それは叶わぬこと。そう思うと、6年経ったとはいえやはり寂しさがあります。
父とは生前、よく喧嘩もしました。それらも、今となって思い返せば父には父なりの正義というか、筋があったんだろうと思います。だからと言って全てを許容できるわけではありませんが、もう少し優しくしてあげても良かったかな、なんてことを思ったり。
父は亡くなりましたが、別れをしたつもりはありません。とは言え酒を酌み交わしたり、がっつり話をしたりできるのは、生きていればこそ。この時を大切にしないといけませんね。
来週からお彼岸が始まります。父を含めたご先祖様に改めて挨拶させてもらいながら、お彼岸の日々を過ごしていきたいと思います。
ブログをお読みいただきありがとうございます。こんなこと書くつもりじゃなかったのに、流されるままに書いてしまいました。
南無阿弥陀仏
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