真宗所縁の場所を巡る旅 パート2

みなさん、こんにちは!

法善寺副住職の中山龍之介です。

昨年の年末に、10泊11日という時間をかけてお寺巡りの旅に行ってきました!今回は『真宗所縁の場所を巡る』パート2です!ここでは8つのお寺をご紹介します!

※パート1はこちらからご覧ください。

それでは、ご覧ください!!

●真宗所縁の場所を巡る旅 パート2

『知恩院』(京都市東山区)

~親鸞聖人の師・法然上人のお墓~

①三門

②源空大師(法然上人)の御廟に続く階段

③源空大師(法然上人)の御廟

【この場所について】

 京都市東山区新橋通にある、浄土宗鎮西派の総本山。親鸞聖人の師・法然上人が最晩年を過ごし御廟が造られたことに始まる。徳川幕府の時代になり、徳川家康が慶長13 年(1608) から寺地を拡大し、そのために本願寺の大谷廟堂( 西大谷) は五条橋東6 丁目の現在地に移転することになるが、結局旧地も崇泰院( そうたいいん)という知恩院の塔頭( たっちゅう) として残されている。本堂( 御影堂) は寛永16年(1639)、三門は天和7 年(1621)、勢至堂は室町時代の享禄3年(1630) に建造されている。また日本有数の大鐘は寛永17 年(1636) に鋳造されている。

【副住職の感想】 親鸞聖人の師である法然上人の御廟( 写真③) がある知恩院。円山公園や八坂神社と隣接した場所にあり、昔から京都の人々が集まった場所であったのが窺えました。本堂などのいくつかの建物が、台風の被害もあり修復中でした。

『清水寺』(京都市東山区)

~参篭のお寺~

①仁王門

②阿弥陀堂

③平成30年の漢字『災』

【この場所について】

 京都市東山区清水1-294 にある北法相宗大本山。寺の創建年代は不明だが、「清水の舞台」と称されるような巨大なお堂が作られるようになったのは、平安時代の初め坂上田村麻呂によってである。本尊の千手観音は33 年に一度だけ御開帳される秘仏で、普段は御前立ちが拝まれている。平安時代末には代表的な参籠の寺として、「今昔物語」にその夢告の話が多く綴られている。現在の本堂は、寛永10 年(1633)徳川家光の寄進によって再建された御堂である。

【副住職の感想】 日本で一番有名なお寺でもある清水寺。昔は参篭の寺として知られていて、親鸞聖人は六角堂だけでなく、この清水寺で参篭した可能性があります。私が訪れた時は本堂の外観が修復中でしたが、中には平成30 年の漢字「災」が飾られていました( 写真③)。

『園城寺(三井寺)』(滋賀県大津市)

~親鸞聖人の御木像を避難させたお寺~

①仁王門

②金堂

③一切経蔵(内観)

【この場所について】

 滋賀県大津市園城寺町246 にある天台寺門宗の総本山。俗称三井寺( みいでら)。本願寺との関係は、堅田の本福寺が比叡山の勢力から攻撃を受ける際に、親鸞聖人の御木像( 根本の御影) をこの寺に避難させたことに始まる。結局文明元年(1469)に園城寺山内の南別所の近松の里に新しい坊舎( 近松坊舎、現在の本願寺派近松別院)が建立されて、山科本願寺が完成されるまでの11 年間、御木像はここに安置されていた。

【副住職の感想】 三井寺として有名なお寺。最寄り駅も三井寺というくらいの名刹です。国宝である本堂の金堂( 写真②) も良いですが、特に一切経蔵( 写真③) の迫力がすさまじく、今回の旅で最も印象的でした。境内はとても広く、映画「るろうに剣心」の撮影地としても使われたそうです。

『二尊院』(京都市右京区)

~七ヶ條制誡を収蔵するお寺~

①本堂(外観)

②本堂(内観)

③七ヶ條制誡

【この場所について】

 京都市右京区二尊院門前にある天台宗寺院。平安時代の承和年間(834 ~ 848) に嵯峨天皇の勅により円仁が建立したと伝える。本堂( 写真左) は永正18 年(1521)に三条西実隆が再建したものである。

 浄土宗との関係は、嘉禄3年(1227) に起きた「嘉禄の法難」と呼ばれる専修念仏弾圧事件に始まる。弟子たちは再度の襲撃を心配して、法然上人の遺体をここ嵯峨二尊院に移し、翌嘉禄4 年(1228)1月25 日に、西山粟生野( あおの) の坊舎で荼毘( だび) に付した。そうした縁から、嵯峨門徒の祖とされる聖信房湛空( たんくう) が二尊院に宝塔を立てて法然上人の分骨を安置している。

【副住職の感想】 法然上人が、比叡山延暦寺の専修念仏停止の訴えに対して、上人と以下門弟( 親鸞聖人( 当時は綽空) 含む) により言行を正すことを誓った七ヶ條制誡( 写真③) を収蔵するお寺です。紅葉の時期には絶好の観光スポットとなっているそうですが、私が伺った時期はとても空いていました。

『蘆山寺』(京都市上京区)

~真宗興正派の本山~

①正門

②源氏物語執筆地

③お庭

【この場所について】

 京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町397 にある天台宗の単立寺院。良源が天慶元年(938) に建立した寺院を、法然上人の弟子・覚瑜が再興。法然上人の著書『選択本願念仏集』の草稿本( 廬山寺本) があることで知られている。

【副住職の感想】 選択本願念仏集を目当てに伺ったのですが、それよりも紫式部が源氏物語を執筆した場所( 写真中央) として推されていました。選択本願念仏集についても聞いてみたのですが、職員の方もあまり分かっておらず、少し残念な結果となってしまいました。

『大谷本廟』(京都市東山区)

~本願寺派・宗祖親鸞の墓所~

①正門

②本堂

③裏に広がる墓地

【この場所について】

 京都府京都市東山区にある浄土真宗本願寺派の宗祖親鸞の墓所。文永9 年(1272)に東山大谷の地に建立された親鸞の廟堂である「大谷廟堂」(のちの大谷本願寺)に由来する。

 江戸幕府は、西本願寺第十二世の准如時代の慶長8 年(1603) に、知恩院の拡張造営に際して、大谷本願寺跡地の代替地として、宗祖親鸞が荼毘に付された「鳥辺野(とりべの)の南の辺、延仁寺」と伝わる「御荼毘所」に隣接する現在地を与えた。 現在では大変多くの門徒がこの場所にお墓を所有している。

【副住職の感想】 大谷本廟は知恩院の近くにあり、さらにすぐ裏には清水寺が広がっています。私はこの大谷本廟から清水寺まで歩いて行ったのですが、その道中には数え切れないほどの多くのお墓がありました( 写真右)。京都の方にとって、ここでお墓を持つことがステータスになっているのだと感じました。

『如意寺』(愛知県豊田市)

~親鸞聖人絵伝を収蔵~

①正門

②本堂

③親鸞聖人絵伝(レプリカ)

【この場所について】

 愛知県豊田市力石町黒見にある真宗大谷派の寺院。元々は関東の武蔵国荒木村( 行田市荒木町) に荒木門徒の祖・源海が創立した満福寺。正中2年(1325) に、三河の青木原( 豊田市花本町) に移り、覚如上人の「如」の字を頂いて如意寺に改める。南北朝時代の親鸞聖人絵伝( 三幅) を収蔵。慶長10 年(1605) に現在地へ移っている。

【副住職の感想】 ご住職は不在でしたので、坊守と前坊守にご案内していただきました。親鸞聖人絵伝(三幅) は、レプリカでしたが見せて頂けました。夏には子供達が集まって流しそうめんをしたりと、地域に根差した、とても良いお寺だと感じました。

『願照寺』(愛知県岡崎市)

~親鸞聖人「安城の御影」を所蔵~

①正門

②親鸞聖人像

【この場所について】

 愛知県岡崎市舳越( へごし) 町字本郷にある浄土真宗本願寺派の寺院。親鸞聖人の弟子・専信房専海を開基とする。親鸞聖人の「安城の御影」を所蔵していたことで知られるが、実如上人の時代に本山に寄贈され、実如上人の裏書があるその写本がこの寺に伝えられている。また室町時代初期の「親鸞聖人絵伝」がある。

【副住職の感想】 親鸞聖人絵伝は現在、岡崎市美術博物館に収蔵されています。たまたま公開するタイミングが合いましたので、美術館まで行き拝見してきました。館内撮影禁止でしたが、得度や流罪など、親鸞聖人の生涯の中でいくつかの大事な場面を描いた絵伝でした。

以上です!

どこも素晴らしいお寺でしたが、特に園城寺・三井寺の一切経蔵は迫力満点でした。機会があれば是非。

パート3もお楽しみに!!

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