Lives Matter
こんばんは。
法善寺副住職の中山龍之介です。
すっかり夏の天気で、法要をした後は下着として着ているTシャツが濡れています。白衣も少し湿っていますが、法要する度にクリーニングに出すのはもったいないので何度も使いまわしています。
クリーニング屋さんのおかげで、汗で少しくらい湿っても臭くはなりませんが、自分の匂いに気が付いていないかもしれません。夏に法衣を着ている私に近づく際にはご注意を(#ソーシャルディスタンス)。
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人生初の差別体験
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さて、ちょっとタイムリーな投稿は避けておりましたが、私自身アメリカに留学した経験もある身ですので、やっぱり今回の黒人差別問題について少し書いてみようと思います。
ただし、『差別を無くすには、こうしないと!』と簡単に言える問題ではありませんので、あまりそういう風な話はしないつもりです。また、黒人差別の歴史について話すつもりもありません。知りたい方はググってください。
前提として、もちろん差別は無くすべきだと思っています。今回は黒人差別にフォーカスが当てられていますが、私たち日本人も有色人種で差別の対象となりえますので、他人事ではありません。アジア人はむしろ一番下に見られる場合もあります。
私が人生で最初に人種差別を感じたのは、高校3年の夏休みでした。その頃、高校卒業したら留学しようと決めていたので、アメリカに住む親せきの家に1ヶ月ほど滞在させてもらうことにしました。ただ、そこで一緒に住んだら日本語ばかり使いますので、隣に住むアメリカ人(白人)の家に泊めさせてもらいました。以降の説明のため、この人は仮名でAさんとさせていただきます。
Aさんの詳細は省きますが、当時30代中盤くらいだったと思います。私の親戚とも仲が良く、私自身にもとても良くしてくれました。
ある日、Aさんの友人宅にご飯を食べに連れて行ってもらいました。そこには7~8人くらいの友人がいらっしゃいました。全員白人です。当時の私は英語も満足に話せませんでしたので、色々と気を使ってもらっていたと思いますが、美味しく楽しくその会は進んでいきました。
一段落すると、Aさんは友人数名と奥の部屋に行き音楽をかけてノッていました。若かりし頃の私は『おー、なんかアメリカのノリだなー』とか悠長に思っていたのですが、しばらくすると『Someday ****** die!!』と叫んでいる声が聞こえました(『******』には黒人差別の言葉が入ります。『いつか******は、この世からいなくなる』という意味です)。
さすがの私も、その言葉は知っていたのでとても驚きました。あとから思えば、流れていた曲もそういう差別を謳った曲だったわけです。
びっくりしすぎたのもありますが、その状況で何かを発言できるほど英語も分からないし、Aさんの車で送ってもらわないと帰れないので、何事もなかったかのようにその場は過ぎていきました。しかし、当時の私にはとてもとても大きな衝撃でした。
ちなみにAさんはアメリカの中では南部に住んでおり、そこは黒人やヒスパニックの割合が多い場所です。そういう場所ほど、差別は強いという印象です。
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縁起観で見てみる
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話を現代に戻します。
今回の差別問題が起きたあと、アメリカではデモが発生して更に暴徒化した人が略奪なんかもしてしまっていたそうです。これに関しては、はっきり言ってやりすぎだと思います。こういう側面を見ると、『黒人は野蛮だ』という考えを持たれてしまうかもしれません。
しかし彼らは『黒人だから野蛮』なのでしょうか?結論から言えば、絶対に『ノー』です。
事実として話すと、白人よりも黒人の方が貧しい家庭であることが多いです。貧しい場合、高等教育が受けられず、また住んでいる地域の治安が劣悪な場合はそもそもまともな教育を受けられない場合があります。その結果、まともな仕事につけずお金を稼げない、という貧困ループに入ってしまうことになります。
ここで言いたいのは、この貧困ループに入ってしまうのは彼らの肌の色が黒いからではなく、後天的な条件が重なって引き起こされているという事です。仏教では、この後天的な条件のことを『ご縁』と言います。
デモの暴徒化にしてもそうです。今回の差別問題だけでなく、コロナによって窮屈な生活をしていた中でのデモでしたので、タカが外れてしまったんだと思います。アメリカの社会システムという『因』に、黒人の彼らが送った貧困生活・コロナによる自粛生活という『縁』が相まって、『デモの暴徒化』という『果』が作り出されたわけです。
私個人の感覚で言えば、白人だから優しいとか、黒人だから卑しいとか、そういう違いはありません。もちろん優しい人もいますし卑しい人もいますが、それは肌の色ではなく、ただの個人の性格の問題です。
私たちに出来ることは、何故このような問題になっているのか、その背景を知ることではないでしょうか。複雑な要因がありますので、単純に『黒人って嫌よね』という問題ではないという事です。
『Black Lives Matter』はもちろんですが、そもそも『Lives Matter』です。世界が大変なこんな時期だからこそ、みんなが一つの方向を向いて進んでいけるような世界になるきっかけになることを、私はいまだに願っています。
南無阿弥陀仏
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