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2月の掲示板

2/1のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


2月に入りました。実は、何となく今年はお寺の掲示板で書道の作品を披露していこうかなと思っておりまして、しかも月初めに変えていこうかなと思っております。1月は万葉集から『初春令月 気淑風和』と書きましたが、2月は孟浩然という詩人の『春暁(しゅんぎょう)』から、『春眠不覚暁 所々聞啼鳥』という句を書いてみました。いわゆるあの有名な『春眠暁を覚えず』というやつです。一応春を思わせる一句みたいです。


『眠』や『覚』や『暁』や『所』や『々』があまり馴染みのない字体かもしれませんが、書道ではこっちの方が慣用として使われているものみたいで、なんちゃって中級者としてそれらを採用させていただきました。ただ今写真を見ながら気が付きましたが、雅印を押してないですね。明日押しときます。


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祖母の家のお片付け

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そんな今日ですが、昨年末に亡くなった祖母の家に行く母について行き、司法書士さんと話をしたり(私は隣の部屋で聞いていただけですが)、荷物を片付けたりしておりました。祖母の家はとても整頓されてはいますが、92歳の1人暮らしにしてはシンプルに荷物が多いです。こっちで引き取れそうなものは、すでに大体引き取っていますが、今日は着物の整理とかをしていました(私は隣で見ていただけですが)。


祖母のいない祖母の家に行くのはこれで2回目になりますが、やっぱり変な感覚に襲われます。帰りの車の中で母が『やっぱりママさん(おばあちゃん)いなかったね』と言っていましたが、そう思ってしまう気持ちはなんとなく分かります。当たり前のようにあった景色が変わって見えてきちゃいます。


父の時に比べれば1000倍楽ですが、遺品を整理するのは結構大変な作業です。物だけじゃなくて、何かの名義を変更したり、契約を止めたり、やることは沢山あります。母が主だってやっていますので私にはそこまでの比重はありませんが、それでも見ていてとても大変そうです。ただこういった一つ一つが、祖母の死を受け入れる一つ一つの階段なのかなと思ったりもします。


はい、あとよろしくお願いしまーす、と業者に丸投げしてしまえば良いのかもしれませんが、実際にその作業をしてみると至る所に祖母との思い出が埋まっていて、いちいち手が止まってしまいます。もちろんそうも言っていられないので作業は進めますが、『あ、こんなものまだ持っていてくれたんだ』とか『うわ、これ懐かし!』とか思ったりして、感慨深くなります。大変でしたが、こういう作業をするってことはとても大事なんだな、と改めて気付かせてくれました。


亡くなって1ヶ月以上が経ち、まもなく納骨の予定です。これもまた、祖母の死を受け入れる一つの階段です。きちんとお勤めしようと思います。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。そういえば、花粉飛んでますね。



南無阿弥陀仏

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