高速を運転して思う事

3/22のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


今年のお彼岸は、寒い日が多いですね。初日の真冬に加えて、4日目の本日もとても寒い日になりました。なんとなんと雪まで降ってきて、驚きました。その影響からか、法務で車で外に出ていたのですが、見事渋滞にはまってしまいました。事故らなかったので、とりあえずはそれだけで何よりです。


ということでお寺の方は妻や母に任せていたのですが、悪天候にもかかわらず想定よりも多くの方がお墓参りにいらしたそうです。まん防終了のおかげかもしれませんが、お寺に人が戻ってくるのは嬉しいですね。このまま収束まで向かっていってほしいと思います。


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高速道路を運転して思う事

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今日もそうですが、高速道路で車を運転すると様々な感情が押し寄せます。『あー、あっちの車線の方がスムーズに進んでるな、やっぱり車線変更しとけばよかったな』とか、『あれ、車線変更した途端にこっちの流れが悪くなったな』とか。ちなみに、あんまり車線変更するのは宜しくないとは知っていますが、慢性的に渋滞している首都高なので、大目に見ていただけると嬉しいです。


さて、首都高ではこんな感じで心を揺さぶられているわけですが、遅い車線に捕まったからと言って逆走しているわけではありませんので、どちらにせよ進んではいるわけです。なので、時間と心にゆとりがある時は『遅いけど、この車線のまま進んでいこう』となりますが、急いでいるときはそうはなりません。まるで株価をにらみつけるデイトレーダーのように(知らんけど)、瞬時に売りと買い(という名の車線変更)を繰り返します。奏功する場合もありますが無い場合もあります。幸いにも今まで事故ったことは無いですが、危なっかしい運転であることは間違いありません。


賭けに勝って早めに目的地に着けたときは嬉しかったりもしますが(滅多にない)、結局渋滞につかまったりすると何とも虚しい気持ちになります(ほぼこっち)。自分がみすぼらしい人間であると感じますし、次こそは時間と心に余裕を持って運転しようと誓います。が、結局同じことを繰り返しています。成長しません。


『俺か俺以外か』で有名(?)なローランドが、『渋滞にはまったら、大好きな車と過ごせる時間が増えて嬉しい』といった発言をされておりましたが、(お寺の車は気に入っていますが)大衆車を運転していて私はそこまでの気持ちにはなれません。おそらく多くの方々がそうなんじゃないでしょうか。


別に出口も無くタラタラと思っていることを書いているのでまとまりがなくなってきましたが、こういう場面でも心の持ちようで感じ方は変わるという事でしょうか。あんまりカリカリしすぎて事故ったら本末転倒です。法善寺のお坊さんは残り一機です。私に何かあったら食いっぱぐれる人たちがいますので、そういう意味でも命大事に生きていきます。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。息子が一人前になるまであと20年、自重します。



南無阿弥陀仏

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