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言葉では表現できないこと

1/21のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


世間様では今日からまん防が適用されました。飲食店で働いている友人知人がSNSで営業時間の変更などについてお知らせしていましたが、この2年間で再三にわたるルール変更は本当に大変だろうなとお察しします。


ありがたい事に法善寺としては特に変わることはないのですが、毎週木曜日の夜に開催している声明学園では、改めてリモートでの授業も可能な旨を生徒の皆様にお伝えしました。何かの記事で拝見しましたが、このコロナ禍においてやるべきなのは『出来ることは全部やる』だそうですので、目の前に転がっている出来そうなことは片っ端から手を付けていこうと思います。


また一緒に、乗り越えて行きましょう。


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言葉では表現できないこと

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さて、そんな今日ですがお焚き上げをしました。葬儀の時に使用した白木のお位牌やら、お仏壇を整理した際に出てきた古いお位牌やら、諸々お焚き上げさせていただきました。浄土真宗は護摩とかはしませんので、お焚き上げの決まりは聞いたことありませんが、法善寺では以前から、白木のお位牌やお願いされたものに関してはお焚き上げさせていただいております。


昔からやっていることなのですが、マンションも乱立してきて、周りの目が厳しいこういったご時世ですので、事前に消防署に連絡をしてから実施しました。揚煙(ようえん)行為というみたいですが、電話で『何日の何時からお焚き上げをします』と言うだけで大丈夫です。恐らく、もし誰かが火事と間違えて通報してしまっても、『あー、この時間なら揚煙行為の申請いただいていますので問題ないですね』という判断になるんだと思います。


それにしても、炎というのは不思議な魅力があります。熱くて危ないんだけど、ずーっと見ていられます。今日も、妻は暖かい屋内からずっと炎を見つめていました。


こういう感情に陥る時、『何で今こう言う気持ちになっているんだろ?』と自問自答します。これこれこうだからとか、言語化できたりもしますけど、結局一番いい表現は『よく分かんないけど良いんだよね』というものです。実に曖昧で申し訳ないのですが、これこそが人間の感情なんだろうなとも思います。


今の世の中文字で溢れています。ネットにはニュースが溢れていますし、テレビをつければ芸人さんが言葉巧みにグルメレポートをしたりしています。それが悪いことだとは思いませんが、だからと言って全てが言語化できると言ったら、それはやっぱり違います。どうしても言葉では上手く表現できない領域は必ずあって、宗教もその一つだろうなと思います。


浄土真宗では、南無阿弥陀仏と称えながら合掌をします。お念仏にはこういう意味があるんですよ、合掌にはこういう意味があるんですよ、と説明してみても、『お念仏称えるとなんか心が落ち着くんですよ』という気持ちには勝てない気がします。お墓参りもそうですね。やっぱり皆さん、何となく心が落ち着くからお墓参りをされているんだと思います。


お寺も、何となく落ち着き、何かを感じる空間であることが大切かなと思います。『仏法、毛穴より入る』という言葉もありますが、その場にいることでしか感じられないことというのが必ずあります。今はこう言うご時世なので難しかったりもしますが、やっぱり葬儀や年忌法要には出来るだけ多くの人が参列して、同じ空間に立ち会ってほしいというのが私の希望です。


私も、毎日ブログを書いていますし、理屈っぽく話すタイプですが、今日のお焚き上げで、改めて非言語の部分も大切にしていきたいなと思いました。何となく良い、大いに結構です。ご自身の感じられた事に正直に生きてみると、気持ち良く生きられるかもしれません。



南無阿弥陀仏

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