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苦しいからこそ見えるもの

9/15のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


気が付けば9月も折り返しとなりました。本当に早いものです。今日は長ズボンに半そでTシャツという出で立ちで家を出ましたが、そんな恰好では少し肌寒さを感じられるような気候になってきました。さようなら夏、こんにちは秋。


そして今日は書道の作品提出でした。毎月の課題ではなく、東京書作展という展示会に向けての作品提出です。書道教室に通い始めて3年以上が経ちますが、初めての東京書作展です(周りには『え、今まで出してこなかったの?』と驚かれます)。


全力を出せたような出せなかったような、納得出来たような出来なかったような、書道は毎回こんな感じの手応えです。何か賞をいただけるとは微塵も思っておりませんが、少しでも成長した実感は欲しいところです。表装されて、会場でどんな見栄えになっているのか、ドキドキしながら待ちたいと思います。


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苦しいからこそ見えるもの ======================


ここ数日、口内炎が出来てしまって地味に苦しんでおります。刺激物や熱い食べ物が食べにくくて、蕎麦をすすったりプリンを食べたりしています。口内炎は小さいくせに、大きな影響を与えてきやがります。


食べるのが楽しくなくなると、気分が落ち込みます。それに釣られるように、体もだるくなってくる気がします、そして何もしたくなくなります。体の異変が心に支障をきたし、そしてまた別の体の部位に支障をきたし、という悪循環に陥っているわけですが、頭では分かっていても心と体はなかなか言うことを聞いてくれません。まだまだ修行不足ということでしょうか。


仏教では人間を構成する要素を5つに分け、それを五蘊(ごうん)と言ったりします。色(物質としての肉体)・受(感情・感覚の感受作用)・想(表象・概念などの作用)・行(色受想以外の心作用)・識(認識判断の作用または認識の主体的な心)がその五蘊ですが、これらが盛んになってどうしようもなく苦しいことを五蘊盛苦(ごうんじょうく)と言います。四苦八苦の一つです。


四苦八苦は、我々が生きている上で避けることの出来ない苦しみと説かれています。まさに今回も私はその苦しみを味わっているわけですが、つくづく四苦八苦とは避けられないものだなぁと実感しました。


ちなみに他の四苦八苦は、生(生きること)・老(老いること)・病(病気になること)・死(亡くなること)・愛別離苦(愛する人と別れ離れること)・怨憎会苦(憎い人や出来事に出会ってしまうこと)・求不得苦(求めても得られないこと)、です。


これだけ苦しいと、この肉体から抜け出したい、どこかに強くて新しい体が売ってないかしら、とか阿保みたいなことを考えるわけですが、自分の体からは逃れられません。逃れられないからこそ苦しみを味わい、この身今生においては救われないわけですが、だからこそ救ってくださるのが阿弥陀仏なわけです。なんとまあ御慈悲の深いことか、と改めてお念仏を頂けた気がします。ありがとうございました。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。人生楽ありゃ苦もあるさ。お彼岸に向けて、あとは上っていくだけなり。



南無阿弥陀仏

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