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縁起のはたらき

12/10のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


12月を表す師走の『師』はお坊さんを指すそうですが、確かになぜだか、お坊さんはなんだかんだと12月を忙しく過ごしています。今日はお昼過ぎまで法事が入っており、午後は年末調整の点検作業に明け暮れました。


数字には強い方だと自負しているのですが、ずっと細かい数字を見ては電卓を叩く作業にはさすがに疲れました。一般企業の経理の人は、こういった仕事をずっとしているのかと思うと頭が下がります。


とは言え、お手伝いしてくれた他のお寺さんのお陰もありまして、何とか作業終了への見込みが立ちました。あとは私の方で、2時間くらいあれば終わる内容です。エイヤーと気合い入れて頑張ります。


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縁起のはたらき

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そんな今日ですが、お昼ご飯は上野でうどんを食べてきました。本当はラーメンが良かったのですが、お目当ての店に大行列ができていて、次の予定もありましたのでやむなくうどんへ流れました。


上野全体にかつての活気が戻ってきたように見えましたが、年末の土曜日だからでしょうか。何にせよ、コロナ禍なりたての頃のようなゴーストタウン状態を思い出すと、嬉しさしかありません。みんな日常を取り戻したくてウズウズしているんじゃないでしょうか。


個人的には、ワールドカップを見てから、かつての日常を求める気持ちがより強くなりました。応援席を見ても誰もマスクをしておらず、大声出して応援したり、チームの行く末に表情豊かに一喜一憂しています。街の様子を伝えるYouTubeを見ても、みんなマスクをせずに普通に暮らしています。


恐らく、日本にずっといて、日本の情報しか持っていなければ、ここまで強く日常を求めなかったはずです。『鳥がいなければ、人間は飛行機を発明できてない』ということを聞いたことがありますが、周りとの比較で今の自分自身の現状がわかったりするわけです。


こういったことも、広い意味で捉えればご縁ということでしょうか。ご縁、つまりは縁起の影響によって自分自身の人となりが形成されていると仏教では説かれていますが、ワールドカップという縁起によって、私自身の考えもまた変化していきました。中国のゼロコロナ政策へのデモも、もしかしたらワールドカップの影響があったのかな?なんてことを考えたりしています。


縁起というのは、小さく見えても、どこかで大きな結果となることも多々あります。現代的にはバタフライエフェクトとか言うのかもしれませんが、意識しないだけで我々は地球上の誰とも繋がっています。つまり、誰からも縁起をいただいていますし、自分は誰かの縁起になりうる存在である、と言えるわけです。自分に無関係な人なんていないことに気が付けば、世界はもっと変わるのにな、と憂いたりする今日この頃です。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。憂うだけじゃなく、こういったことを発信していかないと、宗教者じゃないですね。頑張らないと。



南無阿弥陀仏

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