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目に見えるものと、目に見えないもの

6/18のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


水が抜けてしまっていたお寺の池ですが、すっかり元通りになりました。あれから丸2日経ちましたが、鯉や金魚も元気に泳いでいて、死んでしまった子はいません。さすがの生命力と、母の迅速な対応のおかげです。改めて感謝です。


梅雨が始まると晴れる、という謎の現象が今年も発生しているようで、今週末は快晴続きでした。そんな暑い中今日は声明の会が行われ、6月も無事に執り行えてホッとしています。次は7月16日の予定です。お盆の最終日ですので、お墓参りと併せてお越しくださいませ。


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目に見えるものと、目に見えないもの

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お通夜から帰ってきた時や、声明学園が終わった後など、夜遅くまでお寺にいることも珍しくありません。そうすると当然ですが真っ暗な廊下を歩いたり、真っ暗な本堂裏を歩いたりします。先日もそんなシチュエーションがあったのですが、ふと『子供の頃はこの暗闇の中を歩くのが怖かったよなぁ』と懐かしい気持ちになりました。


恐らく、怖がりの方なら大人になってからもそれなりに怖いと思います。単純な暗闇ではなく、ふとお墓が見えたり、障子や畳が雰囲気を醸し出していたりします。ただいつしかそんな光景にも慣れ、全く怖がらずにスタスタと歩けるようになりました。


何で怖くなくなったんだろうなぁと思いながら歩いてみると、昔よりもお寺を小さく感じていることに気が付きました。大人になって体が大きくなったため廊下も長く感じませんし、裏堂から事務所への移動だって一瞬です。怖い雰囲気の中にいる時間が短くなったため、怖いという発想に浸る前に目的地に辿り着いているのかもしれません。


ちなみに、自分のお寺以外でも、ホラー系の怖さには滅法強いと思います。お化け屋敷は全く怖く無いですし(昔行った時には、入る前よりも出てきた後の方が心拍が落ち着いていました)、お墓とかも別に怖いと思いません。突然『ワッ!!』と言われたらそりゃビックリしますし、ガッツリ不審者がいたりしたらビビってしまいますが、目に見えない何かには怖がることはありません。


それは恐らく、今までの経験で、そんな目に見えない幽霊的な存在に何かされたことがないからだと思います。宗教者として如何なものかと思うところもありますが、そういう性格なので仕方ありません。だからこそ法話では、あまり現実離れしたお話が出来ないのかもしれません。地獄を説くよりも、縁起を説いた方が個人的にしっくり来るんですね。


かと言って目に見えないものを信じていないのかというと、そうでもありません。きっといるんだろう、でも目に見えないし、何か危害を加えられたことはないな、という程度のもので、阿弥陀仏や、仏様となったご先祖様が、どこかから何となく見守ってくれてるんじゃないかな、という気持ちはあります。そういう視線を感じていた方が、生きていて心強く感じるものですし。


目に見えるものしか信じない現代の風潮があり、自分もそれに多分に影響されてはいますが、それだけじゃ無いんだよなぁという考えも持ち続けたいところです。


今日もブログをお読みいただき、ありがとうございます。もっと色んなものを感じ取れる感性が欲しいなぁ。



南無阿弥陀仏

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