無財の七施
こんばんは。
法善寺副住職の中山龍之介です。
今日はゴールデンウィーク最終日。まあだからと言って何かあるわけではなく、通常運転でした。
夜ご飯に、ついにラーメンのテイクアウトをしてみました。上野の武骨というお店に行き、味玉ラーメンを2人前テイクアウト、家に持ち帰り作って食しました。
当然ですが味はお店のまま、作り方も簡単でしたので大満足です。またテイクアウトしようと思います。次は二郎系もチャレンジします。
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無財の七施
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法善寺の門徒さんにお渡しするマスクですが、早ければ明日から発送していきます。今日は、梱包の際に入れるあいさつ文を作りました。
ただ『送りますので使ってください』では味気ないので、少しはお寺らしいメッセージも入れようと思って六波羅蜜(仏教徒が行うべき六つの修行)の『布施』について書かせていただきました。しかしそんなに長くは書けませんので、『布施は利他の精神である』ということと、『和顔施(わげんせ)』についてさらっと書かせていただきました。
後者の和顔施とは、和やか・穏やかな表情で人と接することを言います。お金が無くても出来る布施『無財の七施』の一つです。
『布施』と聞くと、『お金』とすぐに連想される方が多いと思います。しかし、布施は平たく言えば、自分以外に対する施しの心ですから、こういった和顔施も布施になるんですね。
他のも気になりますので、『無財の七施』を全て並べてみます。
①眼施
→優しい目つきで接する
②和顔施
→和やか・穏やかな表情で接する
③愛語施
→優しい言葉遣いで接する
④身施
→体を奉仕する
⑤心施
→心配りをする
⑥壮座施
→自分の席・ポジション・地位を譲る
⑦房舎施
→雨風をしのぐ場所を与える
こんなところです。『和顔愛語』という四字熟語がありますが、これはこの無財の七施の②と③を合わせた言葉です。
また、面白いなーと思うのが⑥の『壮座施』です。電車で席を譲るという意味だけでなく、若い世代にポジションを譲るということも含まれています。つまりは、いつまでも自分の席(ポジション・役職・地位など)にしがみ付かずに、次の世代に譲りなさいということです。麻○太郎さんに言ってやりたいですね。
そして自分はと言えば、僧侶のくせに何も実践出来ていないことにびっくりしますが、これからは少しずつ心がけるようにします。紙に書いて、机にでも貼っておきます。
そんな私に言われても響かないと思いますが、みなさんも是非実践してみてください。
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とは言ってもお金でしょ
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とは言っても、『布施=お金』というのが、やはり世間のイメージだと思います。お寺の経営も、布施(=お金)が無ければ成り立ちません。
葬儀や年回忌の法要を行う際、『お布施はいくらお包みすれば良いでしょうか?』という質問を頂くことがあります。法善寺ではこれには決まって『お気持ちで結構です』とお伝えしております。特に葬儀の際には『全体の予算もおありだと思いますので、無理ない範囲で結構です』という言葉も付け加えています。
これは別に法善寺が特別なのではなく、おそらくどこのお寺も同じように答えられていると思います。そして皆さん、お布施の金額によって手を抜いたり一生懸命やったり変えないはずです。
確かに、お布施の金額を決めているお坊さんもいらっしゃいます。とても高い金額を要求された、なんていう話も聞いたりしますが、それは本当にごく少数だと思います。どの世界にもそういう例外的な人はいて、悲しいかな、そういう強烈な人が業界の印象を作ってしまっています。
お寺付き合いはお金がかかる、という印象もそこから来ているのかもしれません。
お墓参りに行くたびに、お布施を渡さないといけないんじゃないかと思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、決してそんなことはありません。ちなみに法善寺では、お墓参り用のお線香は1組2本で200円ですので、お墓参りするだけでしたら200円で済みます。
前述したように、布施は施しの心です。もしお墓参りに行くときに、『今日はお布施を渡そう』という気分になって、その時にお財布と相談し、その月の生活に余裕があれば、いくらかお包みすればいいと思います。
もし余裕が無ければ、無財の七施に従って『笑顔』でいらして下さい。布施は施しの心ですので、自分の心身を削ってまでする必要はございません。
笑顔も立派な布施である、ということが分かったところで、締めさせていただきます。
南無阿弥陀仏
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