差別の無くし方

こんばんは。

法善寺副住職の中山龍之介です。


昨日はブログをお休みさせていただきました。毎日続けていたので、たった1日開いただけですが、随分久しぶりに感じます。


それでは、1日ぶりのブログにお付き合いください。

 

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またもや警官による黒人襲撃

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現地時間8月26日、アメリカでまたしても警官による黒人銃撃事件が発生してしまいました。


影響はとても大きく、NBAは同日に予定されていたプレーオフの全ての試合が延期、大坂なおみは出場中のトーナメントを棄権、MLBでも事件があったウィスコンシン州に本拠地を置くブルワーズなどが関わる2試合が少なくとも延期となりました。


ただ今回は少し違和感を感じます。銃撃の映像をTwitterで見ましたが、虐待で通報された黒人男性は警官の制止に従わずスタスタと歩き、車の中に乗り込もうとした瞬間に撃たれています。その際撃たれた弾数が7発というのは確かに有り得ませんし警官を擁護する気もありませんが、あの場面だと車の中に銃を取りに行ったと思われても仕方が無く、被害男性に全く非が無かったとも言い切れなかった状況だと思います。


あれは黒人差別だったのか、それとも警官の過剰な防衛反応だったのか、私には分かりかねます。ただ、今回の事件に限らずですが、どちらかが100%悪いというケースではなかったと思います。こういったケースがあるから、差別を完全になくすのは本当に難しい事だと思います。

 

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差別を作り出すもの

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日本人が『差別』と聞くと、少し他人事のように感じてしまうかもしれませんが、日本にも差別は存在しています。むしろ、島国で(基本的には)単一民族であることを考えれば、他人と違うことを良しとしない文化の中で、多くの差別が存在します。


テレビなどで平然と行われるLGBTへの差別、ハーフや多人種への差別、在日への差別、部落出身者への差別、男尊女卑、、、挙げればきりがありません。


差別は無くなればいいし、無くすべきものだとは思っていますが、それと同じくらい差別を無くすのは難しいことだとも思っています。悲しいですが。


差別は、自分の頭の中で作り出されます。その作り出す『もと』は様々で、社会風土や親の間違った教えという、ある意味二次情報である場合もありますが、一次情報として自らが体験したことから作り出された場合はとても厄介です。


『ゲイの人に無理やり言い寄られた』とか『黒人の人に路上で脅された』とか、こういうネガティブな体験をしてしまった時にそのグループの人たちを一緒くたにして、自分の中で性格を決めつけてしまうことがあります。こういったときに差別が作り出されてしまいます。


日本人が好きな血液型での性格判断、『A型の人は几帳面』とか『O型は自由人』というのだって立派な差別です。ちなみに私はA型ですが、几帳面ではなくて変わり者のAB型だと言われることがあります(別に怒ってません)


アメリカでは、白人よりも割合としては多くの黒人の方がきちんとした教育を受けられておらず、それが所得の差に直結し、生きていく環境も大きく異なります。結果、白人よりも割合としては多くの黒人が犯罪に手を染めたりしながら生きています。残念ながらこれは事実です。


ただ、だからと言って、黒人全員がそういう人かというと、それは全く違います。黒人にだって犯罪に手を染めずに生きる人もいますし、白人にだって犯罪に手を染めないと生きていけない人もいます。


シーズン再開後のNBAでは、ユニフォームの背中に背番号と自分の名前以外に、一言メッセージを添えることが出来るようになりました。『BLACK LIVES MATTER(黒人の命は大事)』や『PEACE(平和)』や『EQUALITY(平等)』という言葉が選ばれる中、何名かの選手は『EDUCATION REFORM(教育の再構築)』という言葉を選んでいました。私としてはこの言葉がしっくり来ていて、ここを見直して黒人の社会的地位を向上させることが、今の現状を改善するんじゃないかと思っています。

 

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私が考える、差別の無くし方

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ここまで様々なことを言いましたが、私が浄土真宗的に考えれば、それでも煩悩にまみれている人間の心というのは、心の中に差別を生み出してしまい、差別の気持ちを完全に無くすことは出来ないと思います。A型の人の几帳面さに嫌気がさした人が、他のA型の人に対して嫌な気持ちを抱いてしまうことは止められません。


ただ、その気持ちを表に出すことは止められるはずです。『今生の現世では仏になれないけど、仏のような人にはなれる』と言いますがその通りで、差別を心から全くゼロにすることは出来なくても、差別しない人にはなれるはずです。今回の事件で、そこを我々は目指すべきなんじゃないかと思いました。


仏教では怒りの感情は『瞋恚(しんに)』と呼び、よく『火』に例えられます。この火を出来るだけ起こさないようにし、もし起こってしまっても表には出さないように努める、こうすることによって、誰にでも平等に優しく接することができ、仏様のような人に一歩近づけるのではないでしょうか。


こんなことを短気な私が言っても説得力ありませんので、まずは自分自身から実践していきます。和顔愛語を心がけます。

 

 

南無阿弥陀仏

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