子供は親の鏡

11/12のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


インフルエンザワクチンを打ってから2日経ち、何事もなく過ごせています。ただ、息子も昨日インフルエンザワクチンを打ったのですが、腕が腫れてしまい、痒みがあり、熱も少し出てきてしまいました。それ以外の体調面は問題なさそうなのですが、ふと気が付くと腕を掻いています。


3歳児相手に、『効いている証拠だよ』とか『掻いたらもっと痒くなるからやめときな』とか言ったところで、『はい、我慢します』となる訳もなく、とりあえず寝かしつけて忘れさせました。明日には治っているといいのですが。


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子供は親の鏡

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『子供は親の鏡』と言ったりしますが、子育てをしていると自分自身についても良く考えるようになります。汚い言葉遣いや、嫌な態度を取ったりすると叱ったりしますが、そういう行動の発端は親の我々側にある訳で、それなのに叱る、という矛盾をどんな親御さんでも抱えているのではないでしょうか。


仏教的に言えば、諸法無我(何事にも絶対的な自我はない)なわけで、子供の性格なり人格は周りからの縁起によって形成されています。小さい子供にとっての周りの人で一番近い存在なのは親な訳ですので、我々の縁起が子供に働きかけ、性格なり人格なりを形成しているということです。


また子供に、『どんな人になってほしいかな』と考えるときには、自分自身の長所や短所を振り返ります。自分の中で長所だと思うところがあれば、何でそういう長所を持ち合わせられたんだろうかと考え、短所だと思うところがあれば、その短所を無くすためにはどうするべきだったんだろうかと考えます。もちろん完璧な人間はいませんので全てが叶う訳ではありませんが、できる限りのことはしてあげたいなと思うのが親心じゃないでしょうか。


仮に自分の長所が好奇心であれば、『〇〇したい』という子供の要求にはできる限り応えていきたいですし、逆に短所が短気であれば、できる限りニコニコと接していきたいものです。と言いながらも、短気な私にはそんな接し方が出来ませんので、ここに早くも矛盾が生じてしまう訳ですが。


子育てに正解はありませんし、ある意味『なるようになるか』と少し引いた考えを持ってもいますが、その中でも出来ることはやっていこうかなと思っています。型にはめ込んだり、レールを敷いたりするんじゃなくて、色んな道を見せてあげて、進みたい方向に進む手助けが出来るような親になりたいものです。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。と言いながらも、お寺はしっかり継いでもらいたい、という矛盾を新たに抱えている訳ですが。



南無阿弥陀仏

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