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子供たちはすぐ友達になるなぁ

1/4のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


昨日はホームページの不具合で、ブログを更新することができませんでした。新年早々お休みしてしまって申し訳ありませんが、不可抗力ですので許してください。


また、新年早々ですが、喉を痛めて声を飛ばしてしまいました。風邪というわけではないのですが、喉がキューっとなっていて、大きな声を出そうとすると特にガサガサになってしまいます。大変お聞き苦しい声となってしまい申し訳ないのですが、早急に治すべく尽力いたします。


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子供たちはすぐ友達になるなぁ

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昨日のことになりますが、子供たちを公園に連れて行きました。恥ずかしながらそういった役回りは妻に任せっぱなしだったのですが、久々に行ってきました。公園には、正月休みで家にいるなら、と駆り出されたであろうパパたちがたくさんいて、何だか少し恥ずかしい気持ちになりました。


うちは2人子供がいて、年子とはいえ1年半くらい離れていますし性別も性格も違うので、公園に行ったって遊ぶ内容は全然違います。上の息子の方はミニカーを砂場で転がしているのが好きですし、下の娘は滑り台やブランコが好きです。どっちかと言えば目が離せないのは娘の方なので付きっきりになっていると、気が付けば息子は別の子供と遊んでいました。


あちらの子供の方が年上でしたので、色々と遊びを教えてくれるわけですが、理解しているのかしていないのか分かりませんが、何とか遊びは成立しているように見えます。ぱっと見は、すっかり友達になっていました。


大人になると、『友達ってなんだろう』とか『親友ってなんだろう』とか、難しいことをあれこれ考えてしまいます。定義などあってないようなものなのに、変に深く考え過ぎてしまい、人によってはそれで悩んで悩んで苦しんでしまうこともあります。ただ、昨日のような光景を見ていると、何事もそんなに深く考えないで良いんだろうな、と思ってしまいます。


行住坐臥という言葉がありますが、これは我々人間が生きている間にする四つの行動を指しています。『行』が歩くこと、『住』が留まること、『坐』が座ること、『臥』が伏せること・寝ることです。東本願寺学院で先生が、所詮我々人間はこの行動しかしないくせに、変に考え過ぎているよね、という話をされていましたが、子供を見ていると本当にその通りだなと思います。


もちろん考えることは大事ですし、えーい!無計画で行ってしまえ!みたいなことではありませんが、頭で出した正解よりも、心で出した、直感的な正解に従ってみても良いんじゃないかなと思います。理由を論理的に説明できないかもしれないし、それについてとやかく言ってくる人もいるかもしれないけど、世の中言葉で説明できることばかりじゃありません。むしろそれ以外の領域の方が多いわけで、別に気にすることはないかなーと思ったりします。


阿弥陀仏という仏も、『不可称不可説不可思議』の功徳があると言われます。称え尽くすことも、説き尽くすことも、思いはかることも出来ない、という意味ですが、我々の人智なんかをとっとと超えたものがあるわけです。そう思うと、自力なんかに頼ってられないなと気が付きそうなものですが、そこの域に達するのもなかなか難しいものです。


子供の姿を見ながらだいぶ派生してしまいましたが、本当に自分が凡夫だな、と思う今日この頃でございました。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。どなたか、喉を治す方法教えてくれますか。



南無阿弥陀仏

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