多いから迷う


こんばんは。

法善寺副住職の中山龍之介です。

 

今日は4連休の最終日。法事などは入っていなかったので、午前中はのんびりさせてもらって午後からお寺に行ってきました。

 

今日も雨が降ったり止んだりしていましたが、幸いにも行きも帰りも降られることなく済みました。まだ梅雨明けが見えてこず、いつまで続くのでしょうか。。。ただ東京は豪雨に見舞われていないだけマシですね。

 

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多いから迷う

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今日で4連休も終わりという事で、明日からは朝のお勤めをします。私は、平日の朝は他に予定が無い限りは法善寺の本堂で朝のお勤めを行っています。同朋奉讃をベースに、正信偈と文類偈という偈文を週替わりで称えています。

 

正信偈は、間違いなく浄土真宗では一番読まれている偈文です。朝のお勤めでは基本的には正信偈を称えますし、門徒の方々にもお仏壇の前で正信偈をお読みすることをお勧めしています。私も小さい時から祖父と一緒に称えていましたので、口が覚えています(たまに忘れます)

 

反対に文類偈は、正信偈ほどは読まれません。調べたら、高田派ではお夕事で文類偈を読むみたいですが、浄土真宗の中でも毎日称えているのは高田派だけなんじゃないでしょうか。東本願寺派でも、月に数回称えることがありますが、正信偈に比べると頻度の差は明らかです。

 

正信偈は、親鸞聖人が著された『教行信証(顕浄土真実教行証文類)』の中に書かれているものです。この教行信証は、浄土真宗の根本聖典ですので正信偈もそれだけ重く扱われるんですね。そして文類偈は、同じく親鸞聖人が著された『浄土文類聚鈔』の中に登場します。

 

実はこの2つの偈文、中身がとても似ています。どちらも1行7字で120行という構成ですし、半分くらいは全く同じことが書かれているんじゃないでしょうか。他の部分も、意訳で捉えればほぼ同じことが書かれています。実は正式名も似ていて、正信偈は『正信念仏偈』で文類偈は『念仏正信偈』と言います。

 

何で似たような偈文を二つ残されたのかは私は存じ上げませんが(正信偈を先に書き、文類偈は晩年に書かれたという説もあります)、どちらも大切な教えが著されており、頻度に差があるとはいえ、どちらも当派では読む偈文です。

 

私は正信偈には馴染みがあったのですが、正直言って文類偈には全然馴染みがありませんでした。実際に耳にしたのは、昨年11月の本山での報恩講が初めてでした。ところどころ正信偈のフレーズが出て来るのですが、半分くらいは知らないフレーズですので(しかも早く称える)手も足も出ませんでした。

 

このままではいかんと思い、自坊でのお朝事で読んで練習をし始めました。そこから、正信偈と文類偈を週替わりで称えるようになりました。おかげで、完全には覚えていませんが、本を開いてチラ見しながらなら、早く称える文類偈にも対応できるようになりました。

 

ただここで更に問題が発生しました。それは、正信偈を称えているときに、文類偈のフレーズに引っ張られることが出てきたことです。前述の通り、両偈文には完全に同じフレーズが登場しますので、そこを機に今読んでいないはずの偈文に誘われることが出てきたんです。

 

困ると同時に、人間の頭は面白いなーと感心してしまいました。今までは正信偈という一つの選択肢しかなかったのが、文類偈という選択肢も出てきたことで迷走してしまうようになりました。いろんな情報を詰め込むことが良いとされているかもしれませんが、それによって迷いが生じる、人間の煩悩にそっくりです。

 

元来人間は、行住坐臥(歩き止まり座り臥す)と呼ばれる4つの行動しかしないくせに、出来もしないことで悩んだり迷ったりしながら生きています。シンプルに物事を考えられればどれだけ楽なことか、と分かっていながらそれが出来ないのが私たち凡夫です。

 

ちなみに写真の我が家の愛犬・虎太郎(チワワ)は、腹減った・水飲みたい・トイレ行きたい・撫でて欲しい、くらいの感情しかありませんので、シンプルに生きています。そこがたまに羨ましくなります(写真の顔も、見ようによっちゃ悟ったようにも見えます)

 

特に今は明らかに情報過多の時代です。テレビを付ければ、スマホを持てば、パソコンを開けば、否が応でも情報が入ってきます。その中には不要な情報も交じっているのに、いちいち反応しては感情を揺さぶられてしまいます。

 

先日のブログでも書きましたが、私はヤフーニュースを見る時に、下の方にあるヤフコメを見るのをやめました。コメントを書く人は極端な人が多いため、いちいち感情を揺さぶられていたからです。

 

ヤフコメを見るのをやめたことで、時間が節約できたり感情が揺さぶられなくなったりしましたが、他にも効果があって、それはニュース自体をよく読むようになったことです。ニュースは基本的には事実を淡々と述べていますので(特にネットニュースはそうじゃない場合もありますが)、事実だけを捉えられるようになったと思います。そういう意味では、改めてこんな時代に新聞を読もうかなと思い始めました。

 

情報を得るためのツールはありふれているので、ここからは情報を絞る時代に入っていくのかもしれません。仏教では『正見』という言葉がありますが、真実を見る目を養うことが大事になってくるのではないでしょうか。

 

たまにはお坊さんらしい着地をしたところで、おやすみなさい。

 

 

南無阿弥陀仏

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