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向き合い力が欲しい

10/16のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


週末が終わって平日の月曜日でしたが、息子が運動会の振替休日、それに合わせて娘も保育園を休みにしたため、あまり平日感のない月曜日でした。お昼過ぎまで妻が外に連れ出してくれていたのですが、そこからはみんなでお寺にやって来てワーワーと。子供がいると場が和むと言いますが、ずっといられるとこっちがやりたいことは何も出来ません。


明日は幼稚園と保育園があります。やることも地味に溜まっていますので、ガシガシやっていこうと思います。週末にはバスツアーもありますし、そこに向けての準備も含めて頑張ります。


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向き合い力が欲しい

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昨日の声明の会でも少し触れた内容だったりしますが、ここ最近の日本人は(私も含めてですが)、自分自身ときちんと向き合えていないように感じます。贅沢な暮らしをしている人を見れば『なんで俺じゃなくてあいつなんだ』と思い、誰かに図星なことを言われたらムカムカしたりしてしまいます。


自分ときちんと向き合えていれば、誰がどんな暮らしをしていようが関係ないはずですし、図星なことを言われたらそれを成長の糧にすれば良いはずですが、それがなかなか上手くいきません。精神が未熟というか心が貧しいというか、そこまで寛大になりきれない自分がいます。


浄土真宗の御開山であられる親鸞聖人は、それこそ自分自身ととことん向き合った方なんだと思います。結果的に民衆に受け入れられる、易行のお念仏の教えを弘められましたが、それも元々は自分自身が救われる道を探した結果でした。9歳で仏門に入り、20年にわたる修行を経ても悟りの境地に達することはできず、そんな自分でも救われる道はないのか、と求めた結果に出遇わられたのが阿弥陀仏によるお救いの道だったわけです。


あくまで想像ですが、おそらく多くの方が『これくらいの修行を乗り越えれば、悟りの境地としよう』となっていた中で、とことん自分自身と向き合い、多くの苦行・修行を経てもなお『いや、自分はその境地に達していない』と向き合ってらっしゃったんだと思います。親鸞聖人にはもちろん敵いませんが、この向き合い力を少しでも手に入れたいと思うここ最近でございます。


人の生活を羨んだり、誰かの生き方を罵ったり、人からの言葉に怒ったり、誰かを傷つける言葉を吐いたり、そんなことを繰り返して毎日を生きている気がしますが、そんなことよりももっと自分自身に向き合わないといけません。自分は今幸せなのか、成長できているのか、何が必要なのか、そんなことをもっとしっかり考えていこうと思います。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。まずは健康が欲しいのですが。



南無阿弥陀仏

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