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参加できる余白があるか

11/15のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


早いもので11月も折り返しとなりました。昨日のこととなりますが、次女が生まれてから始めてバスケをしました。久々すぎて、バスケの楽しさと、身体の動かなさと、頭の働かなさを痛感した時間でした。


妻の尽力のおかげで、子ども3人の生活にもリズムと秩序が少しできてきました。子ども一人でてんやわんやになっていた数年前を思い返すと、我々夫婦もかなり成長した気がします。子供たちに成長させてもらった、ということでしょうか。


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参加できる余白があるか

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今日は夕方に、家族で国立科学博物館に行ってきました。お寺からも近くて、息子が最近ハマっている恐竜の化石が見られるということで、ここ3日で2回目の訪問です。次回からは年パスを買おうと思います。


子供の好奇心は凄まじく、私なんかが知らない恐竜の名前をバンバン覚えています。『これはアンキロサウルス!』とか、『アロサウルス見に行こう!』とか、同じ様な名前が飛び交っていますが、息子の頭の中ではきちんとイメージが出来ている様子でした。


そんな様子を冷めた目で見つつも、やはり恐竜となるとテンションが上がってしまうのは人の常でしょうか。大きな化石を見ながら、『ティラノサウルスが現代にいたらどうなるんだろうなぁ』とか、『家の玄関開けてトリケラトプスが歩いてたらびっくりするよなぁ』とか、訳のわからない妄想で脳内を埋め尽くしたりしています。


今いる動物とは違い、こういった余白を楽しめるのも、恐竜の魅力の一つなのかもしれません。息子なんかはよく恐竜の鳴き真似をしていますが、それを聞きながら『ティラノサウルスはもっと声低いんじゃない?』と、正解を確認しようのない会話を繰り広げています。しかし、それが楽しかったりするんですね。


動物園は動物園で楽しいですが、こういった楽しみ方はできません。受動的と能動的と言っていいのかは分かりかねますが、恐竜の方が『参加できる』余白があり、能動的であるのは間違いありません。


人の興味が動くポイントというのは難しいものです。リアルであればあるほどよい、という訳じゃないんだなぁということに気が付かされた、ここ数日の国立科学博物館訪問でございました。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。ちなみに、ジュラシック・パークのように、現代に恐竜を蘇らせることは不可能みたいです。古すぎて、DNAが採取できないとのことですが、ますます妄想の余白を残してくれています。



南無阿弥陀仏

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