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他人の損得と、自分の損得

10/23のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


ドタバタとした週末が明けて、なんだか久々に感じる平日の月曜日でした。週末駆け抜けた分、今日はゆっくりと、なんて思っていましたが、明日から北海道のお寺さんの報恩講のお手伝いに伺うため、その準備がありました。


また出張中には、毎月25日恒例の浅草仏教会税務委員のお仕事である源泉徴収もあります。数日早くなってしまいますが、その手配もしたりした結果、いつもどおりのバタバタ劇でございました。


ただお陰で、明日からの出張にも心置きなく臨むことができそうです。体調も良好ですので、精一杯頑張ってきます。


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他人の損得と、自分の損得

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ここ最近、お寺絡みの事件がちょこちょこニュースを騒がせている気がします。主に殺人事件と大麻所持ですが、どちらも個人的には全く存じ上げないお寺でした。狭いようで広い業界なんだなぁと実感します。


とは言え、もしかしたら知ってるかもしれないから、とグーグルマップで調べてみると、事件のことに関するレビューが沢山残されています。そのほとんどが、それまでそこに行ったことも見たことも無いような人たちからのもので、事件のことだけに関してレビューを書き、星一つを付けられています。ちなみにやっぱり、私は知らないお寺さんでしたが。


百歩譲って、そこに行ったことがある人や、住職と話をしたことがある人が、事件を機にレビューを残すのならまだしも、それまでも現在も縁の無い人がレビューを書くことには違和感を覚えます。そんなに誰かをこき下ろしたいのか、そんなことしてあなたの得になるのか、と。


他人事ではないのかもしれませんが、他人が得しているのを見れば自分が損したような気持ちになり、他人が損しているのを見れば自分が得したような気持ちになっている人が、あまりにも多い気がします。


先日のブログにも書いた気がしますが、自分の尺度で物事を捉えられればこんなことにはならないはずで、自分自身ともっと向き合い、自分自身が欲することにもっと耳を傾けないといけないと思います。やっぱりどう考えても、誰かを損させようと時間と労力を使うのは、あまりにも勿体なさ過ぎます。


こういった負の連鎖を助長しているのは、SNSの存在が一因であるのは間違いなさそうです。とても便利なものであるのも間違いないのですが、使い方や触れ方によっては凶器にもなる、まるで包丁のようなものです。操る側として、良い面も悪い面も理解しなければいけませんね。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。それでも俺は得してる、と言われないことを願う毎日。



南無阿弥陀仏

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