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仏法を頂けているか

12/18のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


ホンダと日産が経営統合に向けて協議している、というニュースが入ってきました。何かとイケていなかったここ最近の日産ですが、ある意味ホンダの下に入るような形で統合されるのでしょうか。注目しています。


ただまあ、世界的な車メーカーである日産がこのような形になったというのも、日本の凋落を表しているのかなと思います。誰のせいとか何とかは全く分かりませんが、ちょっと寂しい気持ちはやっぱりあります。経営統合したら、上手く行くといいのですが。


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仏法を頂けているか

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12月に入り、雨の降らない日が続いています。雨が降らなすぎてこれが普通だと思っていますが、確かに異常です。


乾燥もすごいですし、しばらく雨が降ってないことに気がつくと、そろそろ雨が降って欲しいなと思ったり。でも雨が降ったら降ったで鬱陶しく思ったり。なんともわがままな性格です。


雨が降るという事象は変わらないのに、受け取り手によってその時の感情は全然変わってきます。そんな移ろいゆく様を諸行無常と言ったり、雨が降ったことに反応する我々の心を諸法無我と言ったりするのかなと思います。


どちらも仏教において説かれる真理でございます。真理とは、普遍的なものであり、時代が進み、文明が進化したとしても変わらないものです。


思想は進化しないと言われるみたいですが、我々は昔に比べればはるかに豊かになった世界を生きているにも関わらず、こういった思想は変わりません。ここらへんは面白いものだなと思うと同時に、少し虚しさも感じます。


こんなことは仏教の初歩的なことで、お坊さんなら誰でも知っていることですが、本当の意味で理解している人というのはどれだけいるのでしょうか。私自身においても、本当にこの身でそういったことを理解しているかというと、甚だ疑問です。


諸行無常なんだから今を大切に生きよう、とか思っても、グダグダと日々を過ごしている自分がいます。時間は有限であるはずが、そこの緊張感みたいなものは、私には欠けている気がします。


そんな自分が、法事や葬儀では偉そうに仏法をお伝えしているというのは、何とも恥ずかしいことです。ただ、まあ、そんな自分だからこそ伝えられることもある気もします。


現状に甘えているわけではありませんが、今の自分の状況も理解しつつ、前に進んで行ければなと思います。もうすぐ今年も終わります。日々少しずつでも、仏法を頂けていたのかなぁと反省しながら、残り少ない令和六年を歩んでまいります。


今日もブログをお読みいただき、ありがとうございます。白骨の御文に書かれているような緊張感を持たないと。



南無阿弥陀仏

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