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エリザベス女王の死に触れて

9/9のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


今日は夕方に浅草税務署に伺って、インボイス制度の説明を聞いてきました。浅草仏教会が主催の回でして、自分には関係ないかなと思いつつも、一応税務委員をやっているので顔を出しました。結論から言えば、現状の法善寺には関係ないですが、建替え後に色々やった時には関係してくるかな?という感じでした。何にせよ、とても勉強になりました。ありがとうございました。


仏教用語で諸行無常という言葉がありますが、税金に対してもまさしく諸行無常だと言えます。何事も常ならない、全てのことは変化している、ということですが、国はあの手この手で国民から税金を徴収しようとし、その抜け穴を国民が探し、またその抜け穴を潰しに来れば、違う抜け穴を探す、という繰り返しです。何だかインボイス制度を逆手に取ったやり方もありそうでしたが、その方法が向こう何年も使えるかは分かりませんので、法善寺としては免税事業者として大人しく静観するのが吉と言えそうです。


皆様もお気をつけください。


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エリザベス女王の死に触れて

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ニュースにもなっていますが、イギリスのエリザベス女王が亡くなりました。96歳だったそうです。もちろんお会いしたこともなければ、イギリスには行ったことすらないのですが、私が物心ついた頃からイギリスの象徴としておられた方がいなくなるのは、やはりとても寂しいことです。安倍さんが亡くなられた時と似たような感情でしょうか。


人はいつか亡くなる、ということを分かってはいるつもりでも、いざそういう場面に立ち会うと辛いものがあります。少し前に友人から『お坊さんって人の葬儀に何回も行ってて辛くないの?』と聞かれたことがありますが、はっきり言って感情はかなり持っていかれます。ただお勤めをしなければいけない立場ですので、頑張って気丈にやり通しますが、喪主の方のご挨拶を聞くときや、棺の中にお花を入れながら最後のお別れをされているシーンを目にするときに目頭が熱くなることもしょっちゅうです。


死というのは、それだけ強い力を持っています。バスに置き去りにされて亡くなってしまったお子さんの話なんか涙なしでは聞けませんし、会ったこともなければ特にファンでもないはずの有名人でさえ亡くなればこころを痛めます。その力ゆえか、自死という形でそこに引き込まれてしまう方もいるのかもしれませんが、身近にいながらも、避けたくもあり、いやはや近くで感じたくもある、というのが死という存在なのかもしれません。


生きるも日常、死ぬも日常、という言葉を聞いたことがありますが、誰も生まれてこない日はありませんし、誰も亡くならない日もありません。普段忘れがちですが、自分もそんな日常に生かされている存在なんだな、ということを、人の死を通して改めて感じさせていただきました。


今日もブログをお読みいただきありがとうございます。そういえば来月は親父の三回忌だな。



南無阿弥陀仏

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