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『お坊さんのいないお葬式』1年で撤退

1/19のブログです。


こんばんは。

法善寺住職の中山龍之介です。


長いことお付き合いいただきました、『法善寺税務委員物語』ですが、本日にて無事に第一幕が終了となりました。先日の点検に引き続き、今日は台東区街にお住まいの方々の給与支払報告書を、それぞれの自治体に送り、その自治体で登録されている『浅草仏教会』の担当者名を私に変更しました。これにて令和3年の納税業務は全て終わりです。


今月からは、また毎月の源泉徴収の作業に移ります。これはこれで面倒臭いのですが、まあ大きな山は越えたということで、第一幕の終了をご報告させていただきました。第二幕が何なのかは分かりませんが、今度は宗教法人としての決算業務が待っています。厳密に言えば私の担当ではないのですが(税務委員も厳源泉担当と法人担当に分かれています)、税務委員は税務委員ですので手伝うことになります。また勉強させていただきます。


では一旦、5月頃まで税務のお話はお休みさせていただきます。お付き合いいただきましてありがとうございました。


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『お坊さんのいないお葬式』1年で撤退

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新年会も終わり少し落ち着いたことで、ここ数日は溜まっていた新聞に目を通していました。新聞と言っても普通のじゃなくて、宗教系の専門誌です。どこの世界にも専門誌というのはあるものですが、宗教系で有名なのは中外日報という媒体です。法善寺ではそれ以外にも、佛教タイムスという媒体も購読しています。


そんな中外日報の記事で、『お坊さんのいないお葬式、1年で撤退』という記事を拝見しました。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、『お坊さんのいないお葬式』というのは、ちょうど2年前くらいに大手新聞に全面広告を打って(業界内では)話題になったサービスです。まあその名の通り、お葬式をお坊さんを呼ばずに済ませようという動きを推進したサービスで、『いよいよそんな時代が来たか』と驚いたものです。


ただそんなサービスですが、昨年の5月に撤退していたそうで、実質1年ちょいで業界を去って行きました。ただ、細かい話は避けますが、この失敗は決して『やっぱり日本人は仏式のお葬式を望んでいるんだ』と簡単に済ませられるものではありません。記事を読んでいると、日本人の信仰心がどうのこうのよりも、この会社が明らかにイケてなかっただけで、『なるほど、これで上手くいかなかったってことは、こうすれば上手くいくんじゃね?』という二の矢、三の矢が飛んでくる可能性は高いと思っています。


その時までに法善寺はどうすべきなのか、ということは常に考えておかなければいけません。『お葬式はお寺の出番でしょ』というこれまでの当たり前を我々お坊さん自身が改めて見つめ直して、葬儀のあり方•意義をきちんと門徒さんに伝えていくのが大切なことだと思います。そこをご理解いただければ、(少し語弊がありますが)気持ち良くお寺に葬儀をお願いできるようになるはずです。


世の中は変化した続けています。仏教的に言えば諸行無常なわけですので、お寺のあり様だって変わっていかなくてはいけません。ただ、変えていいことと変えたらいけないことの見極めは大切です。葬儀の意義は変わりませんが、その意義の伝え方は変わっていくはずです。今までは代々受け継がれてきたものが、核家族化により途絶えてしまっていることは多々あります。そこをお寺としてはフォローしながら、また新たな関係性を築いていくことが大切なのかもしれません。


このニュースは、お坊さんとしては少しホッとしたのも正直なところですが、また気合を入れ直すきっかけにもなりました。私もお寺に入ってもうすぐ4年が経とうとしています。お坊さんに染まりゆく中で、お坊さんの常識を疑う目を持ちながら、日々改善していける様尽力してまいります。私の仕事がなあなあになっておりましたら、一喝していただけると助かります。よろしくお願いいたします。



南無阿弥陀仏

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